Jリーグ 2階の目線2017横浜1-1仙台

あまりに酷い、というか、我々のヒーローであるはずのトリコロールの選手たちがカッコ悪い。無残な姿だった。完全な負け試合を引き分けたのは良いとする。しかし、ピッチ上の姿、試合後の姿が、あまりに情けない。そんな中で、スタンドに向き合う喜田ら一部の選手と、マルティノスがスタンドに丁寧に手を振る姿に、辛うじてプロフェッショナルなチームの姿を見たが、チーム全体にスタンドのファン・サポーターにプロのサッカーを見せるという気概を感じなかった。

試合開始早々にピンチの連続。
「仙台の方が人数が多く見える。」
「同じ人数だよね。」
「たぶん。」

まったく前田と伊藤が機能しない。伊藤はスピードが遅いので、裏を狙っても一人ではやりきれない。前田は「裏を狙え」という指示、「バブンスキーのようには下がってくるな」という指示が監督から出ているのだろうか、ポジショニングが極端で、必要な場面で数メーターも下がってくる動きをしないので中盤からのパスを受けられない。学が左サイドから中央の位置に入ってきてパスを受けようとする。前田は中央か右サイドでしかプレーを好まないので左サイドには誰もいなくなる。
「後半のアタマから前田に代えて扇原でいいんじゃないか?」
「いや、今すぐ交代でも良いだろう。」
最終ラインや喜田、天野はパスコースの選択に困り、学、マルティノスの両翼にしわ寄せが来る。

「アディショナルタイムは、もういいよ。やめよう。」
「このままじゃ、持たない。いつ失点するかわからない。」
「前半というか、もう試合終了で引き分けでいい。」
「残りの45分間は歌謡ショーでもやってお茶を濁せ。」

そんな会話をしていると、見事なスルーパス。

「うわぁーーーー決まった!!」
「しかも前田!!」
「見事!」
「アディショナルタイム、必要だった!!」
「でも、もう終われ!!」
「もういい、これでいい。終われ!」

試合前にピッチサイドで練習を見学した仲間が情報をもたらす。
「ピッチはかなり暑い。かなり消耗しそう。」

後半からはツートップに布陣を変えて、下がり気味で受ける役割を前田ではなく伊藤が担う。ただし、伊藤のプレーは、スローモーでチーム全体にリズムが生まれない。「僕と翔さんが連続してボールを追うしかないというのがありました。そこはしんどかったですけど、意識して追ったつもりです。」と試合後にコメントした前田。それは、喜田のいう意思統一できていない動きの一つ。2人だけが追う必要のないところで追い、その成果はなく、消耗するだけだった。動くべきところでは動かず、サイドからの「ここしかない」というクロスには「ここに誰も走り込んでいない」で仰け反る。

「ニアしかないのに、なんで後ろでのんびりジョグしているんだよ!」

痛めたと思い込んでいた前田の交代の理由が、実は「足が攣ったから」だとわかり、より一層の深い落胆。シュートを撃てない、得点が獲れない・・・その主たる原因は監督采配なのか、選手の問題なのか論争があった。だが、この試合で、一定の結論は出た。繰り返される安易なヒールパス。そして、前半の途中まで行われた不思議な陣形424。その2の横のスペースを自由に使われて蹂躙を受ける。ピッチ上で選手が状況判断をできていないか、必要な場面で全力を尽くせていないことは明白だ。いうまでもなく「全力を尽くした負けは美しい」。だが、やるべきことをできていない試合では選手たちはカッコ悪く見える。

逆に、良いシーンもあった。裏に抜け出るシーンが増えた。斜めに走りパスを受けるシーンは練習の成果だろう。そして、前半の松原がオフサイドになるシーンは象徴的だ。サイドバックが最前列にまで長い距離を走ってチャレンジしているのだ。松原の左足の低くて速いクロスから学のダイビングヘッド。美しく驚きのある攻撃だった。
「守備がボロボロだったけれど、一つ良かったところは審判の守備!仙台の出したいパスコースを、審判が、ことごとく潰してくれた。」
こちらには12人いたというのに、数的優位を生かせない残念すぎる試合だった。スタジアムが下した試合の評価は、試合終了後の沈黙が、無言で語り尽くしただろう。

「でも、ちょっと待て。ダメだダメだと言っても、この2試合で勝ち点4も獲れてるぜ。」
「本当は0でもおかしくないのに!」
「けっこういけてる。」

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<様々な目線から捉えた試合>

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Jリーグ 2階の目線2017横浜1-0甲府

甲府のサポーターは、ルヴァンカップのホームゲームのゴール裏の人数と、同数くらいが三ツ沢を訪れた。アツくまとまった応援は、ゴール裏とメインスタンドのアウェイゾーンからピッチに声を届けた。そして、試合後には盛大なブーイングを松尾主審に贈り、ゴールデンウィークに続く2度目の対戦は、同じ1-0で幕を閉じた。

同じ1-0といっても、印象はかなり違う。この試合の結果は「勝利したものの不満の残る1-0」。ルヴァンカップでの1-0は逆で「得点は1点だけだったが、若いメンバーの積極性に大きな収穫を得た1-0」だった。
金井のゴールでリードをした前半を終え、ハーフタイムに声がかかる。

「石井さん、この試合、鳥栖戦と比べてどう?」
「全然いいって。鳥栖戦と比べたら、全然いい。」
「えー!?そうなのか。これでも、鳥栖戦よりも良いのか。」

会話は、ちょっと違った方向に逸れていく。

「セレッソ戦のアウェイと比べてどうなの?」
「鳥栖もセレッソも行った人は・・・?」
「両方行ったよ。えーとー、鳥栖戦よりもセレッソ戦の方が酷い。」
「セレッソ戦の方が酷かったのかぁ。負けた。」

最もダメな試合を観戦した奴が勝ち。そこまで感じられるようになれば、サポーターとしてはベテランの領域に足を踏み入れたことになる。

悪いことばかりかというと、そうでもない。まずは、連敗を止めたことで一安心だ。そして、良い兆しや改善のヒントは見つかった。喜田が加わり、中盤でパスを受けようとする動きが増えた。ディフェンスラインの裏を狙ったスルーパスが復活した。扇原が加わって中盤の構成が扇原・喜田+天野になると、天野が素早く前を狙うパスを増やしたし、前線に顔を出そうとする動きも目立った。扇原の「安全な場所を探し出してパスを選択する才能」は素晴らしく、これまでに経験してきた修羅場の数をうかがわせた。いつになくマルティノスは積極的で、マルティノスにしては痛がる時間が短かった。

決定的な場面でシュートが枠に行かない、ワントップの伊藤翔のボールコントロールがまどろっこしい上にフィジカルコンタクトで負けすぎる(吹っ飛ばされてボールを手で触れてしまいハンドリングの反則を取られるシーンも)などなど、レベルの低いシーンも続出したのは確かだが、それでも、決めるべきところで決めれば2-0や3-0で勝利してもおかしくない試合だったはずだ。だから、勝利以外の満足感は薄くても、希望の光が未来にかすかに見える勝利となった。

最後に、誤審について触れたい。デゲネクがドゥドゥを倒したシーンは完全にPKだった。決して不可解な判定ではなく、主審の松尾さんがボールから遠すぎる位置で判定を下したがために見間違えたのが原因だろう。甲府サポーターが怒るのは理解できるし、お気の毒だったとしか言いようがない。逆に、伊藤翔のヘディングシュートはオンサイドだったが、副審の見誤りでオフサイドに判定をされてゴールは取り消された。もし仮に、いずれも、正しい判定をされていたら、試合の結果は2-0.7くらいだったと思われる。

誤審は、どのクラブにも平等にやってくる。そこに不公平感はない。そして、誤審は、時に救世主でもある。この程度のデキのトリコロールに完封負けをした甲府は、本来であれば、失点に結びつくミスをした選手が厳しい批判を浴びてもおかしくない。また、甲府は安易な反則が多く、自ら試合を壊していった。しかし、松尾主審が彼らを救った。誤審が敗因としてピックアップされることで、批判の目は監督や選手ではなく松尾さんに向いたのだ。また、甲府でのリマッチは、甲府にとっては「誤審さえなければ勝てたはずだという証明をする試合」となる。注目度も高まり、サポーターの応援にも熱が入るだろう。けっして誤審は悪いことばかりではない。むしろ、スタジアムに熱気を生み出す美味しいスパイスになる。「それでも、絶対に誤審を防ぐべきだ」という明確な理由があるとしたら、それは「サポーターの主審に対する犯罪者扱いともいえる悪質な誹謗を防止するため」だと思う。

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Jリーグ2階の目線2017 横浜0-1鳥栖

アウェイスタジアムの圧力を感じるときと感じないときがある。その違いは何だろう。この日の鳥栖の雰囲気は、大きな圧力を感じさせた。いつも思うのだが、圧力を感じる大きな要因は、遠く対岸にあるゴール裏の応援だけではなく、ゴール裏に影響されて起こるメインスタンドとバックスタンドの応援。この日はレディースデーと銘打たれた。ピンクのユニフォームに染まり配布されたハリセンが手摺で打ち鳴らされたスタジアムでは、全方位から音のうねりがこだました。日曜日の夕方キックオフ。当日の飛行機のキャパシティに限界があるため、駈けつけられたトリコロールのサポーターの数が少ない。メインスタンドには少数。ゴール裏も1階席の四割程度の幅しかアウェイエリアは割り当てられなかった。ゴールデンウィーク最終日。試合終了約2時間後が搭乗時刻となる福岡発最終便の飛行機チケットの争奪戦を制し、駆けつけたサポーターには、それなりのリスクを背負った覚悟があった。

試合が始まる。いつものように、ふんわりと、決められたサッカーをやろうとする。ところが、鳥栖は、いつもの対戦相手よりも守備を開始する位置が高く、守備のタイミングも早い。ミスとセルフジャッジのオンパレード。トリコロールの選手たちには、自信なく、余裕なく、覚悟無く、ここまで気持ちで負けているように見える試合の立ち上がりは珍しい。山中の投入と、鳥栖の疲れが相成って、終盤には攻勢に出る時間もあったが、87分頃に、まだセルフジャッジと主審へ助けを求める抗議。そこまで、自分たちで闘い抜いて得点を奪う自信がないのか。伸び伸びとプレーしチャレンジを続けた甲府での若い選手たちとは対象的だ。

アウェイスタジアムの圧力といっても、この日の観客数は、たかだか約2万人。失点のシーンはスタンドの音量も小さいタイミングであり、プレーに大きな影響を与えたとは考えにくい。でも、再三再四のミスは起こり、縦への推進力は失われ、互角に闘えたのは後半だけだった。選手のコメントを見れば、何かが大きく間違っているわけではなさそうだ。でも、ピッチ上でのアドリブが足りない。お互いを助け合う動きが足りない。自信なさげに安全な足元へのパスを選択し、ダイレクトでパスすべきところを止めて奪われることも目立つ。

福岡空港の搭乗開始時刻の直前に、選手たちは搭乗口に集まってくる。恐ろしく怖い顔の中澤は目が三角。どの選手も「今日は話しかけてくれるな」というオーラを醸し出している。楽しい連休特有の空港の騒ついた賑やかさはなくなり、重苦しい雰囲気に包まれて、選手、スタッフ、サポーター、そしてスタジアムで鳥栖サポーターを盛り上げた幸田來未が機内へと足を進める。

こうして、私たちのゴールデンウィークは終わった。

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「川崎フロンターレのサイトから読み取る水原事件の謎」と危機 マリーシア感情的サポ論

川崎フロンターレの男性サポーター2人組が2017年4月25日のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)のアウェイ水原戦で旭日旗を掲出した事件について、AFCは、川崎フロンターレに1年間の執行猶予付きでAFC主催試合でのホーム戦1試合を無観客とする処分と罰金1万5000ドル(約165万円)を科した。当初、AFCは少なくとも2試合の無観客試合と1万5000ドル(約165万円)の罰金、観客には最低2年の入場禁止の処分を科す可能性があるとしていたため、処分はかなり軽減された印象だ。一方、試合を主催した水原には処分はなかった。安全な試合運営を行えなかった主催者として処分対象になるのではないかと思われていたため、処分がないことに不満を抱くサポーターは多い。では、なぜ処分がなかったのか、川崎フロンターレのオフィシャルサイトから探ってみた。読んでみると意外な事実が浮上した。

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前提として、公式文書においては「記載されている主張が具体的な主張」「記載されていない場合は具体的には主張していない」「『等』と記載している場合には何にでも広く適用できる」とういうのが一般的だ。また、2017年4月28日に日刊スポーツに掲載された記事によると藁科(わらしな)義弘社長は「問題となったフラッグに関しては、我々の考え方としては政治的、差別的なものではない。主張していくべき点は主張したい」「観客の安心・安全の確保は、ホームとアウェーの両クラブの義務。お互いが協力しあってしっかりしないといけない。それが確保されなかったのは真摯(しんし)に反省している」と発言している。よく読むと、「主張していくべき点は主張したい」としているが、水原への処分の要求や川崎フロンターレの処分軽減を具体的には言葉にしていない記事となっている。
(※追記:川崎フットボールアディクトの記事の中では「試合が終わった後、一定の時間の中でマッチコミッショナーに申し入れしなければならない、というルールがある」が、これを川崎フロンターレは行っておらず、期限後に「我々の主張を文章で提出した際にその件も伝えています」と藁科義弘社長は記者会見で答えたとされている。しかし、そのことについて川崎フロンターレのサイトの中では説明がない。)

AFCによる処分決定を受けて、2017年5月4日に川崎フロンターレが掲載した「アジア・サッカー連盟による当クラブへの処分について」によると、驚くべきことに、川崎フロンターレは、水原側には処分の理由となる明確な運営の落ち度が無いと受け取れる表現をしている。水原の運営が事件の原因だという「主張していくべき点」は主張されず、水原の処分を求める文章が見当たらない。掲載内容は以下のようになる。
・つかみ合いとにらみ合いはあった(殴る蹴るは無い)。
・スタジアムの外に水原サポーターが待ち構えていた(封鎖とは記載していない。また約半分の川崎サポーターはスタジアム外に退出できていると記載している)。
※実際には水原サポーターが待ち構えているためにスタジアム外に出ることを断念した川崎サポーターが多数いる。

AFCによる処分決定後に川崎サポーターに限らず、多くのサポーターからAFCへの不満が噴出しているが、実際のところ、上記のように、当事者の川崎フロンターレが水原の処分を求める発表を文章では行っていないということと、処分決定以前の記事の中でも処分を求めるコメントを明確には行っていないため、水原への処分追加によってサポーターの不満が解消される可能性は低いのではないかと推測できる。

川崎フロンターレの処分が当初より軽減されているため「交渉の経緯で処分軽減と引き換えに水原への処分を要求しないこととした」のか「当初から水原への処分を要求していなかった」のか、記者会見の発言どおりに「期限までに申し入れをしなかったので、期限後に提出した文章があっても表立っては水原の運営の落ち度を主張することすらできない」のかは謎になっている(また、なぜ「期限までに申し入れをしなかった」ことをサイトで発表していないのかも謎だ)。 ※一部を追記

果たして川崎フロンターレは、なぜ、このような発表をしたのか。その謎の解決の糸口を探していると、もう一つの謎にぶつかった。それは、Jリーグの村井チェアマンの考え方が、Japanese Only事件のときとは大きく変わっているという謎だ。Japanese Only事件のときに、村井チェアマンは差別表現の根拠として「差別的表現と認識している。発信者がどういう意図だったかより、 受け手が差別されたという認識を持ちうる表現で、外国人が見たときは不快な思いをする」と説明してた。ところが、今回は「今回の裁定が、旭日旗が政治的、差別的との根拠に基づくのであれば大変残念」と発言している。発言内容からは受け手の視点が外れており、考え方が170度くらい転換しているのだ。何が、村井チェマンの考え方を変えたのだろう。

過去、FIFAは政治的対立からは、極力、距離を置いてきた。国家対立のどちらかに肩入れすることを極力回避。むしろ、サッカーが政治や人種の壁を越えて世界平和に貢献することを目指していた(例えば、ノーベル平和センターとの「平和のための握手(Handshake for Peace)」運動の取り組み)。「政治主張の正当性」を判断するよりも「対立の原因となる主張の持ち込み」を排除し「安全な運営」を優先してきた。世界中のサッカー協会は、そのポリシーに沿って行動してきた。サッカーは「世界の言葉」とも呼ばれ、国籍を問わず、ボール一つで、どこででも楽しめる。世界で最も人気のあるスポーツとして存在し続けている理由の一つはここにある。

村井チェアマン心変わりの謎を解くヒントは記事の最後にあった。日本サッカー協会の田嶋幸三会長がコメントを出しているのだ。今後の対処について「スポーツ庁や文部科学省、外務省とも相談をして進めていきたい」との方針を示している。政治から距離を置いてきたサッカーに、日本サッカー協会は「スポーツ庁や文部科学省、外務省との相談」の結果を持ち込もうとしている。それゆえに、村井チェマンは考え方を変えたのではないだろうか(4月30日にもコメントしている)。そしてJリーグの考え方と足並みをそろえて川崎フロンターレは行動している。政府の考えを踏まえてAFCに意見する。それが本当にサッカーを楽しみ続けられる選択肢なのか?サポーターにとって幸せな未来は見えるのだろうか。

もう一度、川崎フロンターレ「代表取締役社長 藁科義弘コメント」を読んでみてほしい。水原への処分の要求を掲載していないだけではなく、川崎フロンターレの処分軽減の要求も具体的には掲載していない。川崎フロンターレ「代表取締役社長 藁科義弘コメント」が「宣言」しているのは「旭日旗に政治的又は差別的なメッセージは一切ないという認識の理解が得られるよう努力していきたいと思っている」ということだけだ。これは、横断幕や旗から日本国旗など少しでも問題の原因になりそうなモチーフを外して遠征に臨んだ川崎フロンターレサポーターには、あまりにひどい仕打ちだ。

旭日旗に対して様々な考えが存在する。しかし、その是非の結論をサッカーとサッカー場が導き出す必要はない。「サッカー場以外の場所でやってください」と言いたい。旭日旗の是非は別にして「観客の安心・安全の確保を脅かす原因」になったことは事実だ。逆の立場で考えれば、日本のサッカー場に従軍慰安婦の像を持ち込めば「観客の安心・安全の確保を脅かす原因」となることは容易に想像できる。サッカー場が安全であるためには、政治的な思想に関係なく「観客の安心・安全の確保を脅かす原因になりそうなもの」の持ち込みを禁止するルールでよいのではないのか。これは綺麗事ではない。サポーターには代表チームやクラブを守る戦いがある。しかし、それ以前にサッカーを守る戦いもある。サッカー場が広く多様性を受け入れて、誰もが楽しめる場所であり続けるためには、サッカーを守ることをサポーターが意識して意見を交わすべきだと思う。

石井和裕

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Jリーグ ルヴァンカップ2階の目線2017横浜1-0甲府

甲府駅から小瀬にまでタクシーに乗る。山梨県はJリーグがスタートする以前からサッカーが盛んな地域だった。年配の運転手はtotoで1等を当てたことがあるという。お子さんが高校サッカーで県選抜に選ばれたこともあり、小沼監督、木梨憲武らと交流があるという。
「甲府は、ちょっといい選手は、すぐに移籍しちゃうから。吉田監督になって、ずいぶんとチームは変わったみたいですよ。今日はルヴァンカップだから、誰が出てくるかわからないよ。」

右サイドが素晴らしかった。出場を重ねるごとに安定感を加える新井。常に対戦相手の逆を狙い仕掛けることを優先する吉尾海夏。お互いにオフザボールの動きが良いからパスコースがある。そして、新井のスルーパスがディフェンスラインの背後を狙う。人数をかけすぎなくても押し込める。左サイドも良い。遠藤はオフザボールで気の利いた動きができるため、周囲の選手のドリブルやパスを受けるスペースが生まれる。山中は後ろでも前でも野心的だ。山田は必ず伸びる。運動量がありパスを受ける位置が的確。受けてからも微妙にボールを置く位置を動かしながら、プレーの選択肢を増やす。低い位置で受けても、まずは縦へ仕掛ける気配を出してから横パスだから、対戦相手は気を抜けない。杉本はリスタートも良く、もうリーグ戦で起用できるレベルだし、パク・ジョンスは余計なこねるプレーがなくなった。扇原は捌くだけのプレーではなくなった。リーグ戦での起用があるからか、早めに交代。仲川の復帰は朗報だ。

「吉田監督、さすがだな。パスは回すが攻めてはこない。」
「吉田監督大好き。」
「思うんだけど、ウチ以外のチームは全部が吉田監督になればいいのに。そうすれば、ウチは、絶対に優勝できる。」
「吉田メソッドを全クラブが身につければ、しばらくはウチが勝ち続けられる。」

若いメンバーは、何も臆することなく、持ち味を発揮した。下平が復帰し、サイドの選手は溢れ気味なくらいだから、リーグ戦では誰をベンチに入れるか迷うだろう。昨シーズンがそうであったように、モンバエルツ監督はカップ戦での躍進をリーグ戦での選手起用に反映する。期待は大きい。アウェイゴール裏席の入りは、ホームゴール裏席の約2倍。スタジアム全体を見ても、総数で、やや甲府の応援が多いくらいという分布(甲府のサポーターが少なすぎて「失点のリアクション」が伝わってこなかったために、アウェイゴール裏席がゴールを確認するのに数秒間を要したほど)。たくさんのサポーターが甲府にまで足を運び、スタンドをトリコロールに染めた。

小瀬では9月のリーグ戦で再び対戦する。この試合に出場したメンバーのうち、何人が出場するだろうか。これからが面白くなってきた。また、甲府には行きたい。

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Jリーグ2階の目線2017 横浜0-1ガンバ大阪

ガンバ大阪の小気味よいパス回しとドリブル、それも見られたのはわずかな時間だけだった。トリコロールは伊藤翔をトップに起用する守備的な布陣でガンバの攻撃を凌いだ。ピンチは多かった。しかし、ガンバのセットプレーのキッカーが悶絶するくらいダメだったので失点は1に止めることができた。だが、ファールをしてでも止めなければならないシーンで誰も止めることができず、失点した。中澤は前に出ていたのだ。

広島戦は勝利したものの、浴びたシュート22本のダメージからトリコロールは回復していない。あの試合以来、モンバエルツ監督は守備的な布陣をとり続けている。原則としてウーゴ・ヴィエラとバブンスキーを併用しない。この試合でも伊藤翔に代わってウーゴ・ヴィエラを途中で投入したが、勝負を賭けたわけではなかった。すぐにバブンスキーを下げた。しかしながら失点しての敗戦。

この敗戦は重たい。最後の数分間はガンバ大阪が5バックで逃げ切りに転じたため、前にボールを運べた。スタンドは盛り上がり、押せ押せのような錯覚に陥った。でも、それは錯覚なのだ。結局のところ、トリコロールは、ほとんど何もできていない。ガンバ大阪は余裕を持ってトリコロールの攻撃を跳ね返した。序盤からサイドにはパスが回すことができたのは、ガンバ大阪の誘いに乗ったからだ。すぐに囲まれることの繰り返し。コンディションが悪そうな学はトラップミスを連発。それでも、モンバエルツ監督は使い続けるしかない。ただ時間だけが過ぎていったのだ。

若手は遠藤しか出場していない。十分な経験を持つ選手たちが、ピッチ上で考えてプレーする必要がある。全てを監督、学、天野に任せても解決策は生まれない。そしてサポーターも考えることだ。何が良くて何が良くないのか。そして、その意見を仲間と交わすこと。その先に、答えはある。

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Jリーグ ルヴァンカップ2階の目線2017横浜4-1新潟

デゲネクのハーフタイムショーに沸く。先制されPKで追いつく。連敗後の試合でありながら、ハーフタイムのスタンドの表情は明るい。山中が、90分間を考えないスプリントを繰り返し、トリコロールはアグレッシブなプレーを展開した。

「前半から馬鹿試合。」
「とにかく攻める。」
「例えて言えば『ザルで殴りあうみたいな試合』」
「それって痛いのか!?」

若手メンバーが多く起用されるルヴァンカップには、リーグ戦とはまた異なる楽しみ方がある。

「カップ戦はさあ、やっぱりノックアウトステージに入ってホーム&アウェイの両方に行くと面白いんだよ。」

というのはグループリーグを突破してからの話だ。グループリーグは、各クラブとも、リーグ戦では出場機会を得られない選手を交えて、試行錯誤でチーム作りが進んでいく。やっと遠藤がゴールを決めた。中島は決勝点をゲットした。移籍加入の扇原は信じられない無回転シュートを決めた(蹴って瞬間に足が攣ってバランスを崩したために全体重がボールに乗ったのだ)。山中は初出場でサポーターの心を掴んだ。そして・・・下平が帰ってきた。

「エンターテイメントは、こうじゃなきゃ!」

祝福と笑顔が溢れる試合後のスタンド。幸せなスタジアム。リーグ戦でガンバを迎え撃つにあたって気分が高まってきた。ルヴァンカップは甲府に乗り込む。祝勝会会場も予約済みだ。こんな試合の後に仲間と下る三ツ沢の坂は楽しい。

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Jリーグ2階の目線2017 横浜0-2柏

残念な完敗だった。脚に違和感を持つ学は何もできなかった。

「サイドで勝負できないから中央に動くのだけれど、それはただ逃げているだけになるから意味をなしていないんだよね。」
「あの場所だと、いてもらわない方が、まだ他の選手がやりやすい。」
「やっぱり交代せずに最後まで使わないとダメなのかなー。」

目の前の学が不調で、いつものような仕掛けがないため、金井のプレーに戸惑いが見える。逆サイドの前田は、気が利いた、状況に合わせたプレー選択をするのは苦手だろう。自分の持ち味で突っ走るタイプ。逆サイドも息詰まる。

「こうなると、マルちゃんの方が、ひとまず受けてくれるだけ良いということなのか。」

序盤は互角だった。広島戦で浴び続けたシュートの教訓からか、モンバエルツ監督は守備の立て直しを図った。バブンスキーに代わって先発メンバーで起用されたのは扇原。天野を一列前に出す。これが功を奏した。危ないピンチは無かった。だが、不運な失点から気落ちし、追加点を奪われてからは、攻め手を失った。学が不調なのは見ての通り。そして、喜田が弱気なパスを連発する。ボールの収めどころがないのだ。

モンバエルツ監督は、現在のウーゴ・ヴィエラとバブンスキーの併用では守備が持ちこたえられないと考えたようだ。だから、バブンスキーを投入して攻撃のスイッチを入れるのと引き換えに、ウーゴ・ヴィエラを伊藤翔に交代して守備のケアも行ったのではないか。1+1は1.3くらいにしか攻撃面では作用しない。それが明らかになった雨中の一戦だった。我々は、この仮設スタンドのスタジアムに勉強しに来た。勝負はできなかった。

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Jリーグ ルヴァンカップ2階の目線2017横浜0-2神戸

忘れられているかもしれないが、モンバエルツ監督はリーグ優勝を宣言していない。明言しているのは「ACL出場権を狙うこと」「カップ戦タイトルを獲ること」だ。昨年のリーグ戦順位が二桁ということもあり、軽々しくリーグ優勝を口にすることはできない。だが、カップ戦に関しては、獲ることは十分に可能だという考えだ。その上で、この試合のメンバーがセレクトされている。起用された選手は、監督の期待に応えられただろうか。

驚いたことに、時間が進むにつれて、このチームを牽引しているのが遠藤だということが判ってくる。今シーズンの闘い方を、リーグ戦と遜色なく、そのまま実践できているのは遠藤なのだ。だから、遠藤をのプレーを見ると、不思議な安心感がある。「あ、いつも見ているトリコロールね」という心地だ。前田や新井のように、リーグ戦に出場している選手たちからは、今シーズンのやり方を感じる。だが、どうしても、それを感じられない選手もいる。選手の前をパスが通過するシーンが目立つ。走るべきタイミングに走れていないからだ。闘う姿勢や、やる気だけではサッカーの課題は解決しない。失点すると積極性が不足し、試合は徐々に停滞していく。

試合が動き、スタンドから歓声が続けて上がるようになったのは、背番号41の山田がピッチに登場してからだった。すぐに、中盤の底から、左サイドを駆けて、パスを呼び込む動きを仕掛ける。山田の動きで、やっといつものトリコロールが帰ってきた。しかし、時間切れ。ゴールを奪うには、あまりに与えられた時間が短かった。

試合後のスタンドから選手に贈られる声に、いつもの熱が足りなかった理由は、負けたからでも、気温が低かったからだけでも、古河の社宅が消えてしまったからでもないだろう。試合終了直後には、ブーイングも聞こえた。

思い返してみれば、グループリーグを1位抜けした昨年も、2試合を終えて勝ち点1だった。だから、今年も、まだ道を見失っていない。だが、ピッチ上の彼らが、このクラブでプロサッカー選手として歩んでいくための道幅は意外と狭い。次の世代が、すでに闘いには参入してきているのだ。それを、どのように受け止め、次の試合に臨んでくるのかに注目したい。

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Jリーグ2階の目線2017 横浜2-1磐田

ここまで負けて失うものが大きな試合は、25年間のクラブの歴史の中で数えて3つしかない。1つめは2001年11月24日。敗れれば降格の危機があったJリーグ最終節。神戸ウイングスタジアムでの試合だ。2つめは2007年8月11日。横浜FCとの「最後のダービー」。この磐田戦は、ただの一試合ではない。まさに、クラブの尊厳を賭けた一戦となった。

立ち上がりから両チームともに動きが硬い。金井など、明らかに考えすぎでシンプルなプレーをできない。そして、なぜか60分を過ぎると、トリコロールの足が止まる。
「まずい。このままだとやられるぞ。」
「なんで、お休みしているんだ!!」
スタンドに追い詰められた雰囲気が漂う。この試合は、絶対に勝たなければならない試合なのに。そんなとき、目の前に起こったのは、金井の完璧なトラップ。最もシュートを撃ちやすい場所にボールを置き(止めというよりも置きだ)、素早く、そして余計な力をかけることなく滑らかに脚を振る。ボールはゴールに吸い込まれていく。
「うぉーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
「決まった!!!」
「すげーーーーーーーー!!!!」
揺れるスタンド。倒れる人。ぐしゃぐしゃに、もみくちゃになって拳を突き上げる。
「誰だ?誰が決めたんだ!?」
「金井だ!!」
「金井が決めたぞ!!」
大抜擢あり、挫折あり、不祥事あり、移籍あり・・・それでも、このクラブに食らい付いてきた金井が、このゴールを決めたことに大きな意味がある。金井に、ピッチ上の選手が、そしてベンチから仲間が駆け寄り祝福する。

それにしても酷いレベルの試合だった。落ち着きなく、高い技術を披露するシーンも少ない。特に、中盤にぽっかりと空いた大きなスペースを磐田に自由に使われることで、スタンドからは何度も悲鳴が上がった。このような守備のやり方には、このスタジアムは慣れていない。

しかし、リードを奪うと。モンバエルツ監督は、これを選手交代で解消して見せた。扇原を守備的トップ下で起用。右サイドには遠藤。国際試合で修羅場を経験してきている扇原は試合を落ち着かせる見事な働き。確実に磐田の攻撃の速度を低下させていく。遠藤は、デビュー以来、最高の気迫で駆けた。スタンドからの声援が、彼を後押しする。こうなれば、孤軍奮闘していた松原も活きる。アディショナルタイムに最後までボールを追い込んでコーナーキックを奪ったシーンでは、バックスタンド2階席は総立ちになった。さらには栗原の投入。そのときの歓声は、マルティノスの先制シーンに匹敵する大音響。「絞めて勝つぞ」という決意がスタジアムを一体化させる。

苦しい試合を勝利する。この勝利に爽快感がない。残ったのは、選手への感謝と安堵。我々は、このクラブの尊厳を守り、行くべき道を見失わなかった。降格時に強豪としてのアイデンティティが崩壊し、あらたなクラブのブランド構築を進める磐田とは、目指すものの違いを応援で、そして選手はプレーとコメントで表現した。我々は次の航海に向けて錨を上げた。

試合前、メディアが、中村俊輔のプレーに期待をするトリコロールサポーターを選んで取材していた。メディアのあては外れただろう。そして、多くのトリコロールのサポーター自身も、このような試合になるとは予想していなかった。例えば、私は、中村俊輔にブーイングすることになるなど、試合開始まで思っていなかった。選手紹介ではブーイングをしないと決めていた。しかし、試合が始まると、大きなブーイングが中村俊輔には浴びせられた。私も、その感情に共感して、目一杯のブーイングをした。

ベテラン選手の選択として中村俊輔の移籍決断を理解していた多くのサポーターが、人間・中村俊輔の度重なる発言に反発した。試合前の2日間のスポーツ新聞に掲載される記事は、磐田のメディア戦略もあって(名波が仕掛けた)、ナーバスな気持ちをだめ押しで刺激した。メディアも、中村俊輔も、磐田の関係者やサポーターも、日産スタジアムは中村俊輔の帰還を歓迎するだろうと考えていただろう。だから「凱旋」などという見出しまでが使われた。しかし、日本のプロサッカーは成熟した。クラブとサポーターの絆は、この25年間でとてつもなく太く強固なものになっていた。過去の功績や選手個人のキャラクターも大切だが、愛するクラブを守りたい絆は、クラブを傷つける発言を続ける者に我慢ならなかった。そこにメディアは気づいていなかった。そして、ピッチ上のプレーだけがプロサッカーではない。オフザピッチも含めて、全てがプロサッカーだということを、この25年間で私たちは学んできた。だが、なぜか不思議なことに、欧州生活の長い偉大な10番だと言われた選手は気がついていなかったようだ・・・いや、自分自身の希望する世界観を維持するためには、現実に気づきたくなかったのだろう。もし、中村俊輔が指導者としてトリコロールに戻る希望を持っていたとしたら、大きな過ちを犯した。おそらく、それを中村俊輔が認めるには長い時間を要するだろう。

トリコロールは勝利した。激しい守備を免除された中村俊輔は10番のプレーを楽しんだ。ババを引いたのはジュビロ磐田だけだった。
ところで、松井大輔はどうしたのだろう。

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<様々な目線から捉えた試合>

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