Jリーグ ルヴァンカップ2階の目線2018横浜2-1新潟

なぜか扇原は荒れていた。ミスでボールを奪われ、後ろからタックルを食らわせ、ホイッスル後に新潟の選手を小突きカードをもらう。そこからゴール前を脅かされ防戦に。試合終了のホイッスルが鳴ると大きな歓声は起きず、スタンドからは安堵のため息。
「良かったー。終わったよ。」
「勝った。さあ神戸だ。」
ホッとしたというのが、皆の正直な感想だろう。

選手たちがスタンド前にやって来た。やっと大きな歓声が上がる。選手たちの労をねぎらう温かい声。

苦しい闘いの続くリーグ戦のメンバーと比較すれば、着実な進歩を試合後に感じることが多いカップ戦メンバー。山田、吉尾、遠藤がしのぎを削る。いつものような後半に守りに入って失点したくなかったからか、監督はウーゴを終盤に投入する念の入れよう。あくまでも攻めて時間を使う考えだ。なぜか最後は押し込まれたが、全体的にはJ2で2軍メンバーの新潟と個の力の差を見せた。

成長の道は半ば。遠回りの誘惑も多い。例えば、簡単に浮き玉のクロスを入れてしまったり、サイドに人数をかけ過ぎたりワイドに広がり過ぎて中央から逆襲を食らったり(それをワイドショーということにした)。しかし、この試合に残る事実はただ一つ。真実なんて探さなくて良い。

グループリーグを突破してタイトル挑戦の権利を持ち続けているということだ。

次の相手は神戸。奇しくも、似た者同士だ。同じ港町で中華街が・・・ではなく、ほぼ同じ戦術を導入してカップ戦を闘う似た者同士の対戦となった。真価が問われる・・・というよりも、両クラブの進化が問われる。

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Jリーグ2階の目線2018 横浜1-1ガンバ大阪

試合の序盤。
「おっ、今日は山中が内側でプレーしているじゃないか。」
「それ扇原です。」

そして後半・・・。
サイドで天野がパスを受ける。タッチライン際の後ろには金髪がふたり。前に大津。天野は囲まれる。大津は前に囮の動きで、天野の内側にコースを作る。パスを出したい天野。誰も来ない。仕方なくドリブル。奪われる。ガンバは中央にパス。プレッシャーをかけずに、スルーパスを警戒して下がる。

そこでプレッシャーが皆無ならばやられる。そういうサッカーなのだ。

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Jリーグ2階の目線2018 横浜1-1名古屋

豊田スタジアムは名古屋市からはるかに離れた豊田市にある。スタジアムの機能性、美しさ、非常時の緊急導線など、日本一のスタジアムと呼ばれるに相応しい。秋になれば、遠くに白い雪が光る日本アルプスを臨む。まるでミラノのサン・シーロのような世界レベルのスタジアムだ。ただし、試合後には外が真っ暗闇になる。

「右手にはグラスを、左手には勝ち点1しか掴んではいませんが乾杯!」
名古屋市の繁華街・伏見に到着したのは22時30分を回った頃。そこから残念会が始まった。
「左サイドが破綻していたのだから、もっと早く交代すべきだったんだよ。」
「ベンチも気が付いていて選手は準備していたのに決断が遅かったから、交代する前に失点してしまったのは勿体無い。」
「山中を下げればいいのに・・・とおもったら控え選手がいなかった。」
「控え選手がいないならば遠藤を山中のポジションに入れればいいじゃないか・・・と思ったら、遠藤がバテていた。」
「ちょっと圧がかかると、中盤の選手が引きすぎてしまうのは問題だよ。」
「なんで引いちゃうんだろう。」
「いつも、後半になると中盤のラインが最終ラインに吸収されてしまう。」
「扇原が、今日、良かった点を挙げるとしたら、ガブリエル シャビエルにしっかりとついて行ったことだね。」
「ガブリエル シャビエルについて行ったのが中町だったら、ガブリエル シャビエルは来場に追い込めたかもしれないけど。」
「しっかりついていくから、中盤の選手が高い位置でラインを保てなくなるのかな。」
「なんでバブんスキーを使わないんだよ。」
「俺だったらバブンスキーは絶対に使わない。扇原と同時には絶対に使わない。」
「あとは最後に決めるだけだったのに・・・。」
「でも、本当はそこじゃないんだよ。あれは名古屋もなりふり構わずに点を取りにきたからオープンになっただけ。本当は前半のうちに追加点を取りに行けたかどうかなんだ。」
12人が、思い思いに抱くイメージや戦術論でトリコロールを語る。答えは一つではない。必ず賛成と反対がある。闘うのは選手であり監督であるが、それでも語らずにはいられない。残念会が終わったのは24時20分だった。

山中のプレーは大きく改善した。偽サイドバックが復活した。松原のプレーは先発落ちする以前にも増して見事だった。大津には難しいプレー選択の少ない中央のレーンを与えた方が良さそうだ。喜田の復帰は、忘れていたことを思い出させてくれた。パスを受けるために2メートルから3メートル程度のポジションを動かす作業が素晴らしい。喜田と天野が入ると中盤にパスコースが出来る。しかも、ガブリエル シャビエルとジョーが守備のアクションを起こさないため、扇原は自由な空間を得てプレーすることができた。

前半は上手くいっていた・・・扇原に名古屋が圧力をかける前は。上手くいっていたんだ・・・山中の足が止まる前は。

つまり、私たちは迷宮に入ったわけでもなく、歩む道のその先は袋小路でもない。ほんの僅かではあるが進歩しているし、この順位でも監督に迷いはなさそうだ(交代のタイミングは遅れたが)。課題に気がついたであろう選手も増えた。監督は、おそらく6月のインターバルで盛り返す確固たる自信があるのだろう。誰が本当に監督の意図を理解できているか、リーグ戦で選手を試しているのかもしれない。ひょっとするとリーグ戦ではなくカップ戦のメンバーの方が監督の意図を理解できている「一軍メンバー」なのかもしれない。今は妄想だけが広がる。真意と今の手応えは監督にしか分からない。

インターバル前のリーグ戦の対戦相手はガンバと長崎。この日、名古屋には勝てなかったが、この直接対決シリーズで2勝をしたい。この2戦で、選手によっては、自分の運命を大きく変えることになるかもしれない。

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Jリーグ2階の目線2018 横浜1-3磐田

磐田に退場者が出て10人になってからが問題だった。挑戦する気持ちを失った。すでに3失点をしており、これ以上の恥を掻くことはないはずだ。ただ、ゴールの強奪するために攻撃をすれば良いシチュエーションだったはずだ。だが、選手たちは、パスカットをされてカウンターから失点することを恐れた。同点に追いつくことよりも、失点しないことを選んだ。飯倉が接触プレーで万全ではないことが影響しただろう。だが、この状況で、挑戦することなく、パスを回すことに終始したことが、この試合の終盤を絶望に叩き落としていった。

両サイドは、足を止めて足元にパスを要求する。そうなれば、磐田のディフェンスラインの裏側にグラウンダーのスリーパスを送り出せる選択肢は、パスの出し手にはない。磐田のディフェンスラインが下がる前に、長い距離のスルーパスを送り込むシーンは数える程しかなく、コンビネーションで裏を突く仕掛けもない。外をパスは周り、そして時間を浪費した。

監督が、どのようなサッカーを目指しても、選手が勝つための、最低でも同点に追いつくための挑戦を放棄したら、プロフェッショナルな試合にはならない。

飯倉の状態が不安でボールを奪われたくなく、あのような腰抜サッカーになったのだろうから(そう信じるより他ない。それが理由でないとしたら、ただの腰抜選手たちだと考えざるを得なくなる。そうでは無いと信じる。)、とすれば、飯倉は、何のために、あの酷い状態を耐えてピッチに立ち続けたのか。フィールドプレーヤーが失点の不安を露わにするプレーを続けることが事前に予測できていれば、飯倉は無理をしてピッチに立ち続ける意味はなかった。むしろ、飯倉がベンチに下がり、誰かがゴールキーパーを務めてディフェンスラインの裏をスイーパーとして守ったほうが、まだ攻撃でチャレンジできたということになる。飯倉は同点に追いつくために、強い気持ちでピッチに立ち続けたのではなかったのか。本当に頑張った選手が報われないのは不幸だ。実に飯倉に失礼な腰抜サッカーだった。

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Jリーグ2階の目線TV2018 横浜3-0鹿島

「監督は理詰めで進めたいのだけれど、ガッツで応えようとしてきた選手がいるよね。」
「そのギャップでうまく行っていないところがあるよね。」

勝ち点が増えない。でも、私たちに悲壮感が漂わないのには理由がある。一つは、理想としているスタイルのゴールを、多くのサポーターが共有していること。そして、そのスタイルのイメージは、おそらく監督とも大差がないこと。欧州を席巻しているマンチェスターシティの展開するサッカーは動画サイト等でいくらでも見ることができる。何が違うのか、何をできているのか。サポーターは試合と試合とのインターバルにネットでディスカッションしてきた。

そして、試合のたびに課題は見つかった。なぜか、その課題の解決策を、決まって監督は次の試合で講じてきた。サポーターの見つけた課題と、監督の考えた解決策がシンクロしているように感じる。そして、二つ目の理由は、監督の講じる策に柔軟性があること。特に、選手のできることに合わせて、段階を追って理想としているゴールに近づけている。

この日は、中盤を中町と天野の2枚のセントラルミッドフィルダーにしてきた。いわゆるアンカーとか中盤の底とかと言われる仕事ではない。中盤はフラット、または2人が交互に前後する。そしてツートップには伊藤翔が入る。伊藤翔は、基本、前後に動く。サイドには流れない。

「この布陣は想像できなかった。」
「でもこのサッカーは、ボールや相手に対してやることが決まっているから、選手のスタート位置が違っていても、始まってしまえば、やるべきことは同じなんですよ。」
「なるほど。やるべきことは同じだけれど、やり切るまでのプロセスを変えてみただけなんだね。」
「だから、元々は違うポジションをやっていた選手でも、新しいポジションを出来るんです、このサッカーならば。」

サポーターの見つけた課題の一つ・・・中盤の選手がサイドに流れ過ぎてしまうことで攻撃に時間がかかりダイナミズムが失われる。しかも、守備に穴が空く。それを、監督は、この布陣で解決してきた。パスは大きく動く。サイドはウイングが仕掛ける。ボールを奪われても、中央の枚数を減らさずに5レーンを活かして、鹿島の攻撃にバランスよく備える。そんなやり方の中で、前半のMOMといえるのは伊藤翔だった。伊藤翔が担ったのはレオシルバ潰し。縦パスを自由に出させない。鹿島は、攻撃のリズムを失い、ミスを連発した。推進力を失った鹿島に、トリコロールは勇猛果敢にデュエルを挑み、鹿島は、それを受け切ることができなかった。

後半に入ると、鹿島はやり方を変えてきた。2枚しかいないトリコロールの中盤の両サイドを突いてくるやり方だ。立ち上がりに押し込まれるが、怯むことも気の緩みもない。なぜならば、ハーフタイムの終わりにゴール裏が披露したトリコロールのコレオグラフィが、スタジアムの空気に緊張感を与えていたからだ。ここで下がることを、このコレオグラフィによる誓いが許さなかった。そして、鹿島のサイド攻撃に惑わされることもなかった。天野、中町、そして伊藤翔はサイドに引き出されることなく、中央を固め続けた。記録を見れば、鹿島のシュートは17本。枠内シュートは11本もある。しかし、本当に危うかったシュートは1本だけ。中央でのデュエルで鹿島は消耗し、闘うことを諦めてサイドに逃げた。どれだけ、鹿島が安全な場所からイージーなシュートを放ったかが、記録に現れている。もう一度言うが、鹿島は逃げたのだ。卑劣な反則で小さな抵抗をし続けた。
「カードを出せ!」
「汚ねぇそ鹿島!25年間!!」
「それ、言いたいだけでしょ!」

サポーターとピッチ上、そして監督の意図は一体化している。仲川がボールを持ったときの完成は凄まじい。ゴール裏のチャントと四方八方からの声援が二重奏となってピッチに降り注ぐ。信頼の絆はクラブを前進させる原動力に。トリコロールは、まだ下位にいる。それでも、私たちが前を向き続けている。

Jリーグが始まって25年。サッカーは変わる。トリコロールが鹿島をデュエルで追い込み、鹿島が逃げるなどという日が来ることを、私たちは、数年前には想像できなかった。でも、現実は目の前にある。私たちは新しいトリコロールのスタイルを掴み取る。その確信は現実の向こうに見えてきた。

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Jリーグ2階の目線TV2018 横浜4-4湘南

トリコロールのサポーターにとって幸運なのは、目指すべき姿をサポーターが共有できていることだろう。ペップ・グアルディオラの戦術は、世界中で図解化、言語化されている。マンチェスターシティのみならず、例えば、世界中の5レーン理論で闘うクラブのポジショナルプレーの成功例は無数に記事化されている。もちろん、正解は一つではない。しかし、記事には目指すべき基本型が示されている。

試合終了のホイッスルが鳴り、スタジアムは静まりかえった。エースがハットトリックをしても勝てない。45分間で4失点を喫する。2点差を追い付いたとはいえ、そこに感動もカタルシスもない。ただ、疲労だけが残った。湘南サポーターも同様だろう。湘南は4得点しても2点のリードを得ても勝てな買った。ピッチ上には勝者はいなかった。

「決定力不足」という言葉は無意味だ。シュートを決めやすいシチュエーションでのシュートの機会を増やせば、シュートはゴールに入りやすくなる。その単純な理屈を「決定力不足」という言葉は曖昧にしてしまう。この試合では、それが分かりやすく明らかになった。突き詰めて考えれば、得点を欲しければウーゴに早いタイミングでパスを送り込む方法を最優先で考えれば良い。ウーゴの近くに立つ対戦相手が準備できないうちに、ウーゴがシュートを撃てれば良い。

その逆が、この試合の左サイドだ。パスは繋がる。結果的には裏にも抜ける。でも、足を止めてパス回しをすることで時間を費やしたら、中央の守備の準備は終わっている。だからクロスを入れても、中はシュートを決めにくいシチュエーションになっている。それでも、人は「決定力不足」という言葉で表現する。それでいて、後ろの中央にいるべき選手が左前に集まる。ボールを奪われると後ろの中央の守備は手薄で人数が少ない。逆襲されると一気にゴール前に運ばれる。

手数は多く、ボールに触れる人数も多い。しかしシュートは入りにくい。逆襲を喰らって大ピンチを招く。そんなプレーが続いている。得点の確率の低いプレーに失点のリスクを背負ってチャレンジすることは勇猛果敢とはいえない。サポーターの多くは、監督のサッカーを信じるが、こんなプレーは監督が本来の目指しているサッカーとは違うはずだ。
「これじゃ、勇猛果敢じゃなくて優柔不断だよ。」

松原と仲川のプレーは、タッチラインぎわとハーフスペースを使い分けが絶妙。パス一本で対戦相手を惑わせる鋭さを感じさせた。クロスがゴール前に至るまでの時間が短い。そう、目指すべきプレーは記事の中だけではなくピッチ上にもあった。だから、そのプレーにサポーターは熱狂し可能性を感じた。仲川にボールが回ると期待の大歓声が起きた。果たして、左サイドにサポーターは熱狂できただろうか。

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Jリーグ ルヴァンカップ2階の目線2018横浜2-2東京

前半は勇猛果敢ではなかった。外に逃げるパスばかりだった。杉本が2つの大きなミスを犯し2失点。そして、ルーキーの西山が巻き添えを食った。失点にはならなかったものの、杉本がボールから目を離してゴール前に走って戻るとシュートがグラウンダーで飛んできて、杉山をボールが追い抜いていくという珍しいシーンもあった。全く何も出来なかった前半が終わると、いつもはクールな下平が前身で怒りのオーラを発散していた。

「お話にならない。」
「こんなサッカーしか出来ないんじゃ、今日のスタメンは、夏には、みんな放出されるぞ。」

ハーフタイムが終わり選手がピッチに登場する。
「監督、怒りの2枚替えだな。」
「西山が交代するのは仕方ないな。普通のパスすら出来なくなっていたし。」
「でも、センターバックはどうするんだ?」

前半の優柔不断なやり方を断ち切り、本来のやりたかったサッカーを蘇らせるために、監督が選んだのは「ゼロトップ」ならぬ「ゼロセンターバック」だった。本来はサイドバックで攻撃的な仕事を出来る金井と、前半に怒りのオーラを発散していた下平がセンターバック。左サイドバックには遠藤。

勇猛果敢なサッカーが始まった。ピッチ上を支配したのは下平だった。アップテンポな攻撃の起点となる。まず特徴は、余程の必要性がなければ、パスはアンカーを経由しない強気の配給だ。早いタイミングで縦パスを入れる。ウイングが開いていることもあり、縦パスを入れるのはサイドへではなく中央かインサイドレーンへ。無駄なパスが無い。展開はシンプルになる。

最も驚かされたのは仲川だった。「ストライカーとしては物足りなさはあるがアグレッシブな姿勢は評価したい」といった適性ポジションの見極めに困る選手だった仲川はもういない。タッチライン際に立つ仲川は、完全にサイドアタッカーに変身していた。後ろからのパスを、左脚で前に押し出してトラップして縦に突破を図るか?右脚でインサイドに折り返して味方からの壁パスのリターンをもらうか?姿勢からは見分けがつかない。対面するガスの選手にはやっかないな存在となった。しかも速い。単独で突破をできる上に、そこに遠藤が絡んでくる。

そして、監督のやりたいサッカーに忠実に挑戦し続けるのは山田と吉尾。インサイドレーンで縦パスを入れられるスペースを創り出す動きに休みがない。こうなれば、中町は、中盤を黒く締めるだけで良い。全ての選手が躍動する。逃げの前半が嘘のように肉弾戦を挑み、ボールを奪い返す。特に、久保に対しては過剰なくらいのフィジカルコンタクトで圧力を掛ける。

2つの得点は「これぞ2018年のトリコロール」。手数をかけず、中央を突いて、サイドにおびき出した上でとどめのシュートを撃ち込む。いずれも感動的なボールの流れ。選手たちは自信を取り戻した。スタンドは、自分たちが目指すスタイルが間違っていないことを確信した。ゴールの真裏から見ると、ファイブレーンの美しい展開もよく分かった。

試合後は We are Marinos の大合唱。私たちは勝者のように誇り高く歌い上げた。ガスサポーターは敗者のようにうな垂れた。グループステージ突破に向けて小さな一歩前進。グループ首位を守った。そして、監督の目指すサッカーを、後半はしっかりと表現できた。このメンバーの中からリーグ戦メンバー入りする選手もいるだろう。トリコロールは、この引き分けで、勝ち点以上の大きな成果を得た。

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Jリーグ2階の目線2018 横浜1-2神戸

あまりに不甲斐ない試合だった。監督は、この難しいスタイルを進化させたいと考えたが、選手は退化を感じさせるプレーをしてしまった。もちろん悪気はないし、コミュニケーションの問題でもないだろう。だが、そのような結果が出てしまったのだから仕方ない。問題点はピッチ上にある。

前節まで、課題は明白だった。中央に人数が足りないため、シュートが少ない。後ろからサイドに簡単に捌きすぎる。だから、監督は、敢えて扇原一枚のアンカーに変更した。プレッシャーのかかる局面でのプレーが苦手な扇原が前にボールを運べるのか。一抹の不安とリスクを背負う布陣。でも、それでも前の中央に選手の数を増やしたかった。当初のやり方であれば、扇原の前にはインサイドハーフが2枚と横に偽サイドバック。そうなるはずだった。

その監督の想いは、あっさりと裏切られた。サイドに逃げるボールと人。本来は、前の中央に人数が増えるはずの布陣だったが、試合が始まってみれば、前の中央にいる人数は同じだった。いるべき場所に人がいない。人がいるのはサイドだった。中央に人がおらず、虚しく無駄なクロスがゴール前を横切った。人が、いるべき場所にいないのだから得点にはならない。だから、カウンターの流れとはいえ、ブマルが、いるべき場所に入っていったら先制点になった。しかし、あの場所は、本来はウイングが仕事をする場所ではないはずだ。

そして、中央に人がないからカウンターの餌食になる。開幕から3節くらいまではボールをロスとしても、中央で、すぐに囲むことができた。しかし、扇原を一枚のアンカーに変更し、偽サイドバックの場所に選手はおらず、インサイドハーフもアウトサイドへ。外にばかり人がいて中央の人数は減った。その結果、突破を許し、後ろ向きになって守備に奔走する回数が目立つ。ダメージは蓄積し、飯倉、中澤、デゲネク、そして松原が犠牲になる。失点や警告の主たる原因は、彼らにはないはずだ。でも記録は残る。こんなの彼らの正当な評価ではない。

「このサッカーをやりたいんだったら1年から2年かけて、選手を総取っ替えしなきゃダメなんじゃないか?」

そんな声も出た。生き残りたければ、選手は頭を使うことだ。まずは単純な算数で人数を数えるところから始めよう。

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Jリーグ2階の目線2018 横浜1-1川崎

試合開始から20分間で6失点してもおかしくない程のピンチを迎えた。両サイドは簡単に突破され続けた。30分をすぎると、偽サイドバックを放棄する時間が増える。オーソドックスな4バックで攻めるシーンも。2枚に前を塞がれ続けた天野は、中央でボールを前に運ぶことを断念しサイドに逃げる。

これまでの試合の積み重ねを、いっときの間は放棄する、そんな前半だった。

後半に入ると、元の戦術に戻る。互角に闘えるようになる。そして、裏切りの37番がピッチに登場しスタジアムの雰囲気が引きしまる。サポーター のモチベーションが更に上がる。試合後に「愛情の裏返し」という名言を残し、おめでたい37番の挑戦はハーフウェイラインの少し先までで終る、因縁の第二章の予感を残して。

過去に記憶にない程のフェアな闘いだった(家長がコーナーフラッグを抜いたシーンを除く)。川崎はリーグ王者としての実力を見せ付けた。だが、それが残酷なショーにならなかったのは、飯倉をはじめ、トリコロールの選手たちが慌てた姿を全く見せなかったからだろう。

とはいえ、毎試合のように前半は様子見では困る。それでは進歩のスピードは鈍る。
「良く引き分けた試合だった。」
「お互いにシュートが入らない試合だった。」

ただ、試合後の多くの川崎サポーターの表情は冴えなかった。それが両クラブの今の実力差と地位を示している。その悔しさが残る試合だった。差は広がってはいない。でも差は縮まってもいない。

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Jリーグ2階の目線2018 横浜1-0清水

清水の竹内は試合後のインタビューで「自分達のスタイルは貫けた」と語った。トリコロールも、当初のアンカーを置くスタイルから、少しばかりの妥協はしているものの、今、やるべきスタイルを披露することが出来た。力と力の激突する好ゲーム。日本平は沸きに沸いた。

序盤は清水の猛攻。サイドからボールを運び、その間にゴール前に4人が入る。クロスは低く速く。大外の選手が決めてくる。これまで得点を重ねてきたテンポの良い攻撃。序盤の5分間で好試合の予感は的中する。

「でも大丈夫、大丈夫。これを90分間も続けられわけがないって。」
「アーリーでクロスを入れさせなければ、サイドは捨てても大丈夫。」

その預言は的中。清水のクロスは浮き玉が増えて行く。背番号28の立田は走らされ、後半の早い時間に脚を攣る、79分に10km以上を走り交代した。逆に自ら走って72分に賞賛の大拍手に贈られてピッチから下がったのは大津だった。

「大津が凄い。」
「大津が仕掛けると清水の選手が下がる。」

ピッチに現れる獲物に餓えたしなやかな身体。今に始まった事じゃない。前にもロンドン五輪で見た。その美しい姿の中身は野獣だぜ、大津。
※元ネタ Maneater -Daryl Hall & John Oates (1982)

大津にはドリブルが武器だというイメージがある。だからだろうか、清水の中央の選手は、一瞬、身構える。だが、大津が狙うのはウーゴとの距離を意識しながらのディフェンスラインの裏。走り込む。今シーズンのやり方に欠けていたのは、この中央突破をうかがわせるプレーだった。鍵は開いた。すると、ユンユンとブマルが清水のディフェンスラインと中盤の選手の間のスペースでパスを受ける機会が増える。パスにオートマチズムが加わりスピードが上がる。吉尾が投入されると、スピード感が更に増す。もし今後、開幕当初のアンカーを置くスタイルで、大津の隣に天野や吉尾が、またはブマルが配置されるサッカーに発展したら、このサッカーは、どこまで魅力的な進化をしていくのだろう。

逆に焦りを感じさせたのは遠藤。代表帰りでコンディションを考慮されたとはいえ、いきなりレギュラー確保に黄色信号。プレーに気負いが見える。それでも気迫のダイビングヘッドでゴールに迫る。松原は出血に耐えて最後まで闘い続けた。デゲネクは代表帰りでありながらフィジカルコンタクトで相手を圧倒する強さを見せる。
「ミロシュは代表で、とんでもない奴らとやり合ってきたからな。」

今シーズンのポジション争いは昨シーズンよりもアツい。

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