2014年 ACL2階の目線 横浜1-1広州(横浜国際)
どこに送り込んだのか?その意図をスタンドでは、一瞬、計り知れなかった。予測しない方向にコントロールされた下平の魔法のパスを受けた学が突破を試みる。広州の刺青怪獣が両手で倒す。屋根に反響する歓声。高まる期待。中村大先生のフリーキックに選手が飛び込む。ファビオが誰かをなぎ倒す。一瞬、見えたこぼれ球は、瞬きの後には、ゴールネットを揺らしていた。
「おーーーーーーーー!!!!」
「ぐぉーーーーーーーー!!」
絶叫と共にモノが飛び、仲間と抱き合う。見事な先制点を奪ったのは端戸。ボルテージが上がる。リードを奪うと、ピッチ上でも広州を圧倒する。ショートパスの連続と、再三再四繰り返すディフェンスラインの裏への飛び出しで揺さぶる。
クラブ創設以来、最強の敵を迎えている。年俸14億円と言われるイタリアの名将リッピが率いる常勝ビッグクラブ。年俸5.7億円で獲得したと言われるイタリア代表のディアマンティを戦力に加え、その名は世界に轟いている。
私たちが、かつて「これは勝てない相手だ」と感じたのはアジア・カップウイナーズ・カップの決勝戦で対戦したイランのピルズィだけ。広州の戦力は、それを遥かに上回る。といっても、私たちは奇跡的にピルズィを撃破してアジアを連覇したのだから、勝てない相手ではない。
試合が進むにつれて、広州の今の戦力がわかってくる。選手全員のレベルが高いわけではない。後ろは組織で守っているだけだ。
「前の3人は凄いけど、後ろはかなり怪しいぜ。」
「ディフェンスラインは揃っていないし。」
「最終ラインのパスも利き足に行かないどころか、そうとう適当だぜ。」
「細かいパスで崩していけばやれるぜ。」
だが、一人だけ格の違う選手がいた。ディアマンティだ。
「・・・・。」
口あんぐり、という言葉があるが、現実に、その状態になる経験は稀だ。だが、本当に口あんぐりになった。何も言えない。ただ無言。しばらくして言葉。
「入ったの?」
信じられないボールだった。短い助走でありながら、スピードボールのフリーキックはジャンプしたファビオの頭の上を超え、クロスバーをかすってゴール内に落ちる。
「すげーわ。」
「これは無理だ。」
隙のない試合だ。厳しい中盤の争い。こんなにコンパクトにやれるのか!と驚くほどシビアなトリコロールの守備戦術。そして、当たり負けずにピンチの芽を摘み取っていく最終ライン。トップにいるはずのディアマンティは中澤とファビオを嫌って中盤に下がる。そして、なんといっても小林だろう。スピードのあるムリキを完璧に抑える。隙を見て、何度もドリブルで突破する。ムリキを交代に追い込む。
広州のディフェンスラインは統制がとれていない。そこで、端戸と学が何度もディフェンスラインの裏を狙う。
「うぉーーー!」
「狙うか!?」
左サイドを大きな切り返しから突破した学は、クロスではなくニアへのシュートを選択。こんな学を見たことがない。素晴らしいプレー。休まない。勝負する。国際試合は単純な闘いだ。
スタンド熱気も凄まじい。声援、手拍子、コール、チャント・・・鳴り止むことがない。ただ勝ちたい。その想いがスタンドに充満している。
75分からは劣勢が続く。決定機を辛うじて凌ぐ。
「頼む!」
「哲也!」
「クリアしろ!!!」
耐えに耐えてカウンターへ。学が勝負する。
「撃て!」
「あーー!」
ボールはゴールラインを割りコーナーキック。その時、ゴール裏から沸き起こり、スタジアム全体に広がる歌声。
横浜F・マリノス
トリコロールの勇者よ
俺らと闘おう
アジアを勝ち取ろう
歌は続き、プレーは途切れない。ゴール前の攻防。一進一退。ハードな試合は、アジアを勝ち取ろうの歌声の中で幕を閉じた。
レベルの高い試合だった。でも勝てる試合だった。悔しい。だが、驚きの試合でもある。まだ、シーズンが開幕して5試合目であるのにもかかわらず、トリコロールに底知れない力強さを感じる。なんといっても、端戸、小椋、ファビオといったリーグ戦では先発出場できなかった選手が、リーグ戦とは遜色のない、いや、それ以上のプレーをやってのけた。特に、小椋は持ち味を存分に発揮し、コンパクトな中盤で広州の攻撃陣に圧力をかけ続けた。勝ちたかった。勝ち点2を失った。
スタジアムの外に出ると、広州サポーターとトリコロールのサポーターがグッズを交換して握手している。約2,000人が来場した広州サポーターだが、その大半は留学生。つまり金持ちかエリート。さすが、金持ちは喧嘩をしない。これもまた国際試合の楽しさだ。
「勝てたよなー。」
「でも、良い試合だったねー。」
「だから逆に週末が心配だよ。」
「三ツ沢で徳島戦だぜ。」
「前半戦の最大の山場。」
「去年だって、三ツ沢で大分に取りこぼさなければ・・・。」
「土曜日は目を逆三角形にするくらい気合いを入れていくからな。」
試合を終えれば、既に、みんなの視線はリーグ戦に向いていた。