「マリーシア」とは悪なのか? マリーシア感情的サポ論


「日本人にはマリーシアが足りない」というインタビューが雑誌の掲載されて20年以上が経った。日本には「マリーシア」が足りたのか?その答えはYesである。そう書くと、眉をひそめる人が多数いる。
「マリーシアなんて認めるなよ。」
「マリーシアを使うなんて卑怯だ。」
「マリーシアなどという言葉のない素晴らしいスポーツ、それがラクビー。」
日本には「マリーシア」が足りた。しかし、「マリーシア」を誤解している人の方が、正しい「マリーシア」を理解している人よりも圧倒的に多くなったのではないだろうか。

日本で初めて「マリーシア」という言葉を使ったのはオスカー(FIFAワールドカップ1982スペイン大会ブラジル代表主将)だ。日産FC(現横浜F・マリノス)に加入したオスカーは雑誌のインタビューで日本のサッカーに不足しているものとしてものとして「マリーシア」を提示した。過去に外国籍選手で「マリーシア」について発言しているのはドゥンガ(FIFAワールドカップ1994アメリカ大会ブラジル大会主将)とジーコ(FIFAワールドカップ1982スペイン大会ブラジル代表でオスカーとチームメイト)。ドゥンガはオスカーと同じく「日本人にはマリーシアが足りない」という意味の発言をしている。ジーコは「マリーシアが最も身についている日本人選手はカズだ。」と発言している。

「シャツを掴む」「シミュレーションで審判を欺く」「見えないところで肘打ちをする」と言ったこととは縁の遠いカズ、そして、守備面が特徴的なオスカーとドゥンガと「マリーシア」との関係に疑問を感じた人がいたとしたら、あなたは、きっと「マリーシア」を誤解している。先に挙げた卑劣な行為の数々は「マランダラージ」と呼ばれている。

「マリーシア」は「ずる賢さ」と訳される。オスカーが発言した当時の日本サッカーは1-0でリードをしていても試合終了まで真正直に攻め込むことが当たり前だった。状況に合わせて時間を使いながら試合を組み立てるという発想がなかった。相手の力や前掛かり具合を利用して逆を突いてボールを動かすことも出来なかった。例えばイエローカードを1枚もらっている選手にあえてドリブルで突っかけることも、後ろでボールを回して相手が前に獲りに来たタイミングで縦パスを入れるようなことも稀だった。いわゆる「自分たちのサッカー」だけをやろうとしていたのが日本サッカーだったのだ。だから「日本人にはマリーシアが足りない」という発言があったのだ。あれから日本サッカーは発展し、「マリーシア」を駆使するずる賢く頭を使ったプレーが増えた。もう「マリーシアが足りない」と外国籍選手に指摘されることはないだろう。

では、横浜F・マリノスで最も「マリーシア」を身につけた選手は誰だろう。それは中村俊輔だろう。相手の動きを誘って逆を突くドリブルは、まさに「マリーシア」の体現。そして、最も「マリーシア」を感じさせたプレーは2013年12月29日に第93回天皇杯全日本サッカー選手権大会・準決勝のアディショナルタイムに鳥栖からゴールを奪い取ったプレーだ。1-0でリードしての試合終了直前。コーナーキープなどを行って時間稼ぎするために攻め込んでは来ないだろうと鳥栖の守備陣が外を空ける。ところが裏をかいて鳥栖の選手の多い内側に切り返し、急にスピーディーにシュートを決めた中村俊輔の、このプレーこそが極上の「マリーシア」。

「マリーシア」を理解するとサッカーは楽しくなる。そして勝利にも近づく。あなたも「マリーシア」と上手に付き合ってみてはどうだろうか。

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