Jリーグ2階の目線2016 横浜2-3川崎


アディショナルタイムは9分。そこから2点を奪い、同点に。しかし、振り出しには戻っていない。我々は勝たなければならないのだ。もう1点がほしい。ところが、もう1点は我々のゴールネットを揺らしてしまった。スコアは2-3の1点差。最少得点差だ。でも、この試合は惨敗だ。得たものはなく、勝ち点は0。リーグ優勝は手の届かない、遥か彼方に飛んで行ってしまった。

絶望的な90分間を終えた後で、なぜ、同点に追いつくことができたのか。途中投入された前田と天野が怯えることなく勝負し、ゴールを奪う努力をしたからだ。彼らが入るまでのトリコロールは、あまりに情けなかった。川崎の守備力に対してビビり過ぎていた。そう、これは書き間違えではない。トリコロールは川崎の守備力に対して怯えていたのだ。だが、残念ながら、同点に追いつくことができた主な理由は、もう一つある。 それは、川崎が3点目を獲りにきたからだ。安全に試合をクローズすることを選択せずに、さらにとどめを刺しにきた。タイトルへの焦りだろうか、それとも「神奈川ダービー」という意識がそうさせたのか、あれほどのパスワークを持つ川崎が、パスをつないで時間を使うことなく、こちらに攻めてきた。そこで隙が生まれた。トリコロールが力づくで奪い取った得点ではないのだ。だから、この試合は、私たちにとっては。どうしても3-2で勝たなければならない試合だったということになる。なぜならば、負けてしまっては、あの2得点は「屈辱同点劇」でしかないからだ。川崎に舐められたのだ。「このトリコロールからは、もう一点を奪える」と、私たちは川崎に舐められたから2得点をできるチャンスを得た。ただそれだけのことでしかない。

この敗戦は、通常の敗戦よりもさらに重たい敗戦となった。舐められた。トリコロールは闘えなかった。川崎の守備力を恐れ、トリコロールは前半を安全策のサッカーで通した。前半から川崎と真正面から闘ったのは学だけだった。闘ったから、試合後に、学は泣いた。他に、何人の選手が真正面から闘ったというのだ。クロスを見送り1失点目。なぜか浮き球でパスミスをして2失点目。そして、力尽きた3失点目。これが実力だ。前半のシュートは2本。そして、優しき伝統を貫いたのは川崎のGK新井が頭を打ったときだ。試合を再開しても足取りがおかしい新井。これは川崎のミスだと考えられる。選手の安全を優先すれば、あの時点で新井を交代させるべきだった。しかし、新井がピッチ上に自らの意思で立っているからには、トリコロールにとってはゴールを奪うチャンスだった。ところが足取りのふらつくGKを目の前にしてシュートを一本も放てない情けなさ、いや、優しさ。それが、トリコロールの優勝に対する執念の浅さだ。
「いつものことさ。勝負所で勝負できないのがトリコロール。」
と、この試合を片付けてしまうことは簡単だ。たしかに、エンターテイメントとしては、この試合は面白かった。だが、それで良いのか。私たちは優勝するために、ここにやってきたはずだ。この先、タイトルを獲得するためには、その優しさを排除するところから始めなければならないだろう。

最後に主審の家本さんについて触れたい。細心の注意をはらい、気遣いをしながら警告も少なく、この難しい試合を進めた家本さんに感謝したい。そして、家本さんの凄さを見た。新井が再び倒れたとき、家本さんは「時計を止めているよ」というジェスチャーをゴール裏席に向かって行っていた。選手だけではなくサポーターにまで説明を行い、場内の雰囲気が荒れるのを防止しようとする主審を初めて見た。

<試合後のコメントはこちらをご覧ください。>

<様々な目線から捉えた試合>

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