ここ一番に数の強みが生み出す弱みを見せた浦和 マリーシア感情的サポ論


Jリーグ2016年シーズンはファーストステージ優勝の鹿島が、セカンドステージ優勝の浦和を下して優勝となった。勝つために全てを徹底的に遂行する鹿島らしさが、最後に栄光を引き寄せた感がある見事な第2戦の勝利だった。メディアや浦和サポーターは盛んに「下克上」「年間勝ち点1位が優勝とならない理不尽さ」を訴えるが、それは意味をなさない。Jリーグに勝ち点制度が導入されたのは1995年シーズンから。そのシーズンの年間勝ち点1位は勝ち点108(なんとリーグ戦52試合の過酷スケジュール!)のヴェルディ川崎。しかし、優勝したのはファーストステージを制した横浜マリノスだった。2000年シーズンには年間勝ち点1位の柏レイソルがステージ優勝しなかったためにチャンピオンシップにすら進出できないということが起きた。それは珍事だったのか?実は違う。Jリーグに勝ち点制度が導入された1995年シーズンから2004年まで、そして2015年シーズンと2016年シーズンを数えてみれば、年間勝ち点1位のクラブが優勝したのは11シーズンのうち3シーズンしかない。しかも3シーズンのうちの2シーズンは2ステージ優勝の完全優勝(プレーオフは開催されず)。勝ち点制度導入後のプレーオフの結果で年間勝ち点1位のクラブが優勝したのは2015年シーズンの広島だけなのだ。つまり、浦和の敗北は下克上でもなんでもなく「普通にあること」だということを多くのメディアや浦和サポーターは見逃している。

さて、今回の浦和の敗北は浦和自らの敗北とも言えよう。優勝のために全ての時間を費やして、セカンドステージの終盤を捨ててまで優勝をした鹿島とは、その違いが顕著に現れた。古い例で恐縮だが、2004年シーズンのファーストステージを制した横浜の岡田監督は、チャンピオンシップを見据えて、リーグ戦セカンドステージの最後の2試合を捨てた。チャンピオンシップ対策のがんじがらめの守備戦術をテストしたのだ。当時、そのような岡田監督の狙いは明らかにされていなかっため、リーグ戦での下位クラブに対する消極的なサッカーは横浜サポーターから強烈に批判された。しかし、チャンピオンシップを制した後に「実は・・・。」と、その事実が岡田監督より明かされ、サポーターは驚愕した。そこまでして優勝したいという岡田監督の強い意志によりリーグ戦の2試合を捨てたのだ。2016年シーズンを制した鹿島も同様。優勝するためには細部にわたるまで徹底した努力と強い意志が必要なのだ。

一方で、浦和には甘さがあった。「年間勝ち点1位が優勝して当然」という気配は、同じく浦和がチャンピオンシップで敗れた2004年シーズンと同様だった。更には、リーグ戦の最終節終了後には、見事なコレオグラフィで「チャンピオン」と唱い、ご丁寧にシャーレまで描き出したのだ。挙げ句の果てには、チャンピオンシップに臨むにあたり「罰ゲーム」とチャンピオンシップを評する者までがいた。彼らのリーグ戦は2016年11月3日で大満足のうちに終了していたのだ。

レギュレーションに難癖をつける浦和サポーターがいる。しかし、このレギュレーションの導入に至る経緯を思い出してほしい。このレギュレーションは、浦和サポーターの要望によって誕生した歪なレギュレーションなのだ。それを忘れてはならない。「2ステージ制+ポストシーズンの併用」の方針を固めたJリーグに対して猛反発をしたのが浦和サポーターだった。彼らは、Jリーグの財政事情など御構い無しに「年間勝ち点1位が王者である」と主張した。

そこで生まれたのが「年間の34節を闘って1位となったチームにはチャンピオンシップへの出場権が付与」であり「年間のリーグ戦成績を重視したルール」なのだ。これは、当時の浦和の橋本社長が浦和サポーターのアピールを最大限に取り入れてJリーグ理事会で提言することで生まれたレギュレーションなのだ。

浦和の強みは数字の大きさだ。クラブの規模、予算、利益、サポーターの数がずば抜けて大きい。だから、日本のサッカーを数の力で動かしてきた。そして、サポーターは数の力を強みを武器に、強引な主張を行ってきた。その結果、「年間勝ち点1位という本来は存在しないはずの勲章」を生み出し、そして手にすることができた。数の力で生み出した勲章によって満足し、生まれた甘さと隙が生み出したのが、鹿島の勝機だった。

今後も、浦和サポーターは数の力でレギュレーションに難癖をつけ続けるだろう。しかし、浦和の敗北は下克上でもなんでもなく「普通にあること」だったのだ。彼らは負けるべくして負けた。浦和のサッカーは間違えなく素晴らしかった。川崎と並んで、2016年の日本のサッカーの最高峰だったと思う。だからチャンピオンシップ第2戦でも圧倒できるサッカーでの勝利を目指していたように見える。しかし、勝負には負けた。数の力の強みによって生み出された「年間勝ち点1位という本来は存在しないはずの勲章」さえなければ浦和がチャンピオンシップに謙虚に臨み勝者となっていたかもしれない。

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