「川崎フロンターレのサイトから読み取る水原事件の謎」と危機 マリーシア感情的サポ論


川崎フロンターレの男性サポーター2人組が2017年4月25日のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)のアウェイ水原戦で旭日旗を掲出した事件について、AFCは、川崎フロンターレに1年間の執行猶予付きでAFC主催試合でのホーム戦1試合を無観客とする処分と罰金1万5000ドル(約165万円)を科した。当初、AFCは少なくとも2試合の無観客試合と1万5000ドル(約165万円)の罰金、観客には最低2年の入場禁止の処分を科す可能性があるとしていたため、処分はかなり軽減された印象だ。一方、試合を主催した水原には処分はなかった。安全な試合運営を行えなかった主催者として処分対象になるのではないかと思われていたため、処分がないことに不満を抱くサポーターは多い。では、なぜ処分がなかったのか、川崎フロンターレのオフィシャルサイトから探ってみた。読んでみると意外な事実が浮上した。

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前提として、公式文書においては「記載されている主張が具体的な主張」「記載されていない場合は具体的には主張していない」「『等』と記載している場合には何にでも広く適用できる」とういうのが一般的だ。また、2017年4月28日に日刊スポーツに掲載された記事によると藁科(わらしな)義弘社長は「問題となったフラッグに関しては、我々の考え方としては政治的、差別的なものではない。主張していくべき点は主張したい」「観客の安心・安全の確保は、ホームとアウェーの両クラブの義務。お互いが協力しあってしっかりしないといけない。それが確保されなかったのは真摯(しんし)に反省している」と発言している。よく読むと、「主張していくべき点は主張したい」としているが、水原への処分の要求や川崎フロンターレの処分軽減を具体的には言葉にしていない記事となっている。
(※追記:川崎フットボールアディクトの記事の中では「試合が終わった後、一定の時間の中でマッチコミッショナーに申し入れしなければならない、というルールがある」が、これを川崎フロンターレは行っておらず、期限後に「我々の主張を文章で提出した際にその件も伝えています」と藁科義弘社長は記者会見で答えたとされている。しかし、そのことについて川崎フロンターレのサイトの中では説明がない。)

AFCによる処分決定を受けて、2017年5月4日に川崎フロンターレが掲載した「アジア・サッカー連盟による当クラブへの処分について」によると、驚くべきことに、川崎フロンターレは、水原側には処分の理由となる明確な運営の落ち度が無いと受け取れる表現をしている。水原の運営が事件の原因だという「主張していくべき点」は主張されず、水原の処分を求める文章が見当たらない。掲載内容は以下のようになる。
・つかみ合いとにらみ合いはあった(殴る蹴るは無い)。
・スタジアムの外に水原サポーターが待ち構えていた(封鎖とは記載していない。また約半分の川崎サポーターはスタジアム外に退出できていると記載している)。
※実際には水原サポーターが待ち構えているためにスタジアム外に出ることを断念した川崎サポーターが多数いる。

AFCによる処分決定後に川崎サポーターに限らず、多くのサポーターからAFCへの不満が噴出しているが、実際のところ、上記のように、当事者の川崎フロンターレが水原の処分を求める発表を文章では行っていないということと、処分決定以前の記事の中でも処分を求めるコメントを明確には行っていないため、水原への処分追加によってサポーターの不満が解消される可能性は低いのではないかと推測できる。

川崎フロンターレの処分が当初より軽減されているため「交渉の経緯で処分軽減と引き換えに水原への処分を要求しないこととした」のか「当初から水原への処分を要求していなかった」のか、記者会見の発言どおりに「期限までに申し入れをしなかったので、期限後に提出した文章があっても表立っては水原の運営の落ち度を主張することすらできない」のかは謎になっている(また、なぜ「期限までに申し入れをしなかった」ことをサイトで発表していないのかも謎だ)。 ※一部を追記

果たして川崎フロンターレは、なぜ、このような発表をしたのか。その謎の解決の糸口を探していると、もう一つの謎にぶつかった。それは、Jリーグの村井チェアマンの考え方が、Japanese Only事件のときとは大きく変わっているという謎だ。Japanese Only事件のときに、村井チェアマンは差別表現の根拠として「差別的表現と認識している。発信者がどういう意図だったかより、 受け手が差別されたという認識を持ちうる表現で、外国人が見たときは不快な思いをする」と説明してた。ところが、今回は「今回の裁定が、旭日旗が政治的、差別的との根拠に基づくのであれば大変残念」と発言している。発言内容からは受け手の視点が外れており、考え方が170度くらい転換しているのだ。何が、村井チェマンの考え方を変えたのだろう。

過去、FIFAは政治的対立からは、極力、距離を置いてきた。国家対立のどちらかに肩入れすることを極力回避。むしろ、サッカーが政治や人種の壁を越えて世界平和に貢献することを目指していた(例えば、ノーベル平和センターとの「平和のための握手(Handshake for Peace)」運動の取り組み)。「政治主張の正当性」を判断するよりも「対立の原因となる主張の持ち込み」を排除し「安全な運営」を優先してきた。世界中のサッカー協会は、そのポリシーに沿って行動してきた。サッカーは「世界の言葉」とも呼ばれ、国籍を問わず、ボール一つで、どこででも楽しめる。世界で最も人気のあるスポーツとして存在し続けている理由の一つはここにある。

村井チェアマン心変わりの謎を解くヒントは記事の最後にあった。日本サッカー協会の田嶋幸三会長がコメントを出しているのだ。今後の対処について「スポーツ庁や文部科学省、外務省とも相談をして進めていきたい」との方針を示している。政治から距離を置いてきたサッカーに、日本サッカー協会は「スポーツ庁や文部科学省、外務省との相談」の結果を持ち込もうとしている。それゆえに、村井チェマンは考え方を変えたのではないだろうか(4月30日にもコメントしている)。そしてJリーグの考え方と足並みをそろえて川崎フロンターレは行動している。政府の考えを踏まえてAFCに意見する。それが本当にサッカーを楽しみ続けられる選択肢なのか?サポーターにとって幸せな未来は見えるのだろうか。

もう一度、川崎フロンターレ「代表取締役社長 藁科義弘コメント」を読んでみてほしい。水原への処分の要求を掲載していないだけではなく、川崎フロンターレの処分軽減の要求も具体的には掲載していない。川崎フロンターレ「代表取締役社長 藁科義弘コメント」が「宣言」しているのは「旭日旗に政治的又は差別的なメッセージは一切ないという認識の理解が得られるよう努力していきたいと思っている」ということだけだ。これは、横断幕や旗から日本国旗など少しでも問題の原因になりそうなモチーフを外して遠征に臨んだ川崎フロンターレサポーターには、あまりにひどい仕打ちだ。

旭日旗に対して様々な考えが存在する。しかし、その是非の結論をサッカーとサッカー場が導き出す必要はない。「サッカー場以外の場所でやってください」と言いたい。旭日旗の是非は別にして「観客の安心・安全の確保を脅かす原因」になったことは事実だ。逆の立場で考えれば、日本のサッカー場に従軍慰安婦の像を持ち込めば「観客の安心・安全の確保を脅かす原因」となることは容易に想像できる。サッカー場が安全であるためには、政治的な思想に関係なく「観客の安心・安全の確保を脅かす原因になりそうなもの」の持ち込みを禁止するルールでよいのではないのか。これは綺麗事ではない。サポーターには代表チームやクラブを守る戦いがある。しかし、それ以前にサッカーを守る戦いもある。サッカー場が広く多様性を受け入れて、誰もが楽しめる場所であり続けるためには、サッカーを守ることをサポーターが意識して意見を交わすべきだと思う。

石井和裕

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