Jリーグ 2階の目線2017横浜2-0川崎

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残念な現実だが、トリコロールの再生には川崎の力を借りることが必要だった。この一戦はダービーではない。その理由は、トリコロールのサポーターであれば、誰もが当たり前のように目にしているだろう。だが、クラブは「神奈川ダービー」と銘打ち「決戦」の文字をポスターに落とし込まなければならなかった。Aチーム(天野チーム)に必要だったのは、崖っぷちの危機感と緊迫感だったのだ。大観衆を集め、勝たなければならない一戦だというプレッシャーを受けて、やっとリーグ戦は開幕当初のテンションを取り戻すことができた。勝ち点3を上回る収穫が、ここにある。

立ち上がりは川崎が慎重。だが、冷静に闘ったのはトリコロールだった。主審はアンフェアなコンタクトに厳しい。それを見極める。スライディングはボールに触っても、その後に残った脚をさらうプレーには厳しく判定を行った。手を使うのは厳禁。その基準を理解しないままにゲームに入っていったのは川崎だけだった。
「きたねーぞ川崎!!・・・言ってみたかっただけ。」

扇原の寄せが早い。何度でも動き直してコースを塞ぐ。スペースを中町が埋める。天野は、これまでのツートップの守り方ではなく扇原と中町のすぐ前に位置して中央を固める。川崎は中村憲剛が後ろからパスをさばくが、トリコロールの守備陣の手前の深い位置からのみ。勇気のないパスだから怖さがない。中央の攻めが通用せず仕方なくサイドに回すが、家長も田坂もパスを回すばかり。川崎の立場で言えば「何もできなかった前半」が終わる。トリコロールにとっては上出来の前半だ。

後半に入ると、川崎が攻撃のスピードアップを図る。だが、トリコロールに破綻はない。扇原、中町、天野の関係は絶妙だ。
「中町が素晴らしい。」
「中町が中町らしくないほど良い。」
「中町ではなくて大町なのではないか。」
「大町ってどこだよ!?」

そして、歓喜の瞬間は突然にやってくる。天野のローングパスにマルティノスが折り返してウーゴ・ヴィエラがゲット!!
「ウォーーーーー!!」
私たちの後ろの席のグループが驚いて引くくらいの狂乱の喜びっぷり。もみくちゃになって気がつけば、座席の順と違う位置に仲間がいる。倒れかける。脚を打つ。
「すーーーげーーーーー!!」
このビッグマッチで、これほどまでにダイナミックなゴールを魅せてくれるとは、セルビアリーグの得点王は恐るべし。そして、こぼれ球のためにゴール前に詰めている扇原。

川崎の攻めが通じない。楔のパスに対しては、中町が最終ラインをカバーして中澤が前で守備の勝負をする。久しく見なかった守り方だ。かつて中澤は前で守備をするのが得意だった。それは松田のパートナーとしてプレーをしていた時代のことだ。堅守のトリコロールが帰ってきた。そして、ピンチには中町がカード覚悟の真っ黒なスライディングで止める。客観的に見れば酷いファールだ。だが、トリコロールには極上のエンターテイメント。その上、主審はアドバンテージをとらず川崎の大チャンスを潰してくれる。さらには、川崎がプレーを再開するが、一歩早くケイマン投入により主審の笛が吹かれ、そのリスタートがやり直しになるという、実に黒く輝く美しい流れ。これぞ「黒いトリコロール」中町の真骨頂だ。どうやら、今シーズンのトリコロールには一色足りなかったのかもしれない。

あのゴールキック。学が複雑にコースを変え、走っていく向こうに、微かに幻のように山西の姿を見た。それは、きっと、中澤の550試合出場表彰のプレゼンターが久保だったからだろう。あのシーンが走馬灯のように蘇ったのだ。川崎の守備陣が山なりのボールの処理を誤り、マルティノスがかっさらったボールは丁寧なパスでケイマンに。ループシュートは、ゆっくりとゴールマウスに吸い込まれていく、これまた山なりのボール。「カウンター頼みの糞サッカー」と、よく敗者が負け惜しみを言う試合がある。鋭いカウンターに失点すれば、それは悔しいことだろう。だが、見よ、この山なりのボールの3連続。鋭いカウンターとは対極のゴールへのプロセスで川崎にトドメを刺す。

始まるWe Are Marinosの大合唱。あとは川崎の苦し紛れのイージーなクロスを跳ね返すだけで良かった。

試合終了後、選手たちがピッチを去ってから、川崎サポーターは、この試合で最大の大声量で歌い続けた。崖っぷちから生還したAチームとは対照的に川崎の選手たちは失うことを恐れた。強豪となり、彼らには失うものができたのだ。そして、選手だけではなく、サポーターも強豪となって変わった。「けっしてブーイングしない」「親切」「にこやか」そんな川崎サポーターの良き姿は、この数年間で急激に失われていった。だが、ここにきて、彼らも自らを守りたいのだろう。すでに失いつつある自身のアイデンティティをギリギリのところで繋ぎ止めておきたい想いが、その歌声からトリコロールのサポーターに伝わり、日産スタジアムは、より哀れみの空気を増していった。

歴史は回る、かつて、川崎のサッカーは「外国人頼みの分業カウンターサッカー」と他クラブのサポーターから揶揄された。それが、今ではパスを繋ぐポゼッションサッカーの本家本元のような立場になり、川崎サポーターの多くは、トリコロールのサッカーを「ドン引き」「カウンター頼みの糞サッカー」と酷評した。一方で、主力メンバーを一新したトリコロールはポゼッション志向のゆったりとしたサッカーから、攻撃に時間をかけないアグレッシブなスタイルへと変身の途中だ。かつての強豪は中位からの再建中。かつてトリコロールがJ1を連覇した頃にはJ2だった川崎が、今では優勝候補。いつの間にか立場は逆転していた。だが、幸いなことに、彼らは、まだ無冠だ。再びトリコロールが立場を入れ替えることは可能だ。その新たな歴史は、この試合を契機に、また回り始めたのかもしれない。皆に愛される中村憲剛の操る、この試合の川崎の稚拙な攻めを見るに、私たちは川崎サポーターの苛立つ気持ちが良くわかる。

Aチームは息を吹き返した。昨年の例を見れば、ルヴァンカップの敗退とインターバルによってBチーム(バブンスキーチーム)のメンバーがリーグ戦にも登用されるはずだ。まずは右サイドの松原が出場停止。代表招集でデゲネクとバブンスキーが欠ける試合もある。ここからが、今シーズンのトリコロール第二章だ。どこまでいけるか、それとも、中位どまりなのか、まだ、航路の先は見えない。

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<様々な目線から捉えた試合>