サッカーは難しいスポーツだ。自分たちが100%のプレーをしても勝てる保証はない。なぜならば、対戦相手がいるからだ。100%×100%でがっぷり四つにプレーしてもスコアレスドローということはある。だから、サッカーで重要なのは、相手にミスをさせることだ。どのように相手に圧力をかければミスを引き起こすことができるか、そこで勝敗は決することが多い。

つまり突き詰めていけば、「ミスが多いから負けた」はあり得ない。相手のかける圧力に屈してミスをしてしまったのだ。0-3は屈辱的な敗戦だ。しかも「ミスが多いから負けた」のではなく、川崎の組織的な守備に手も足も出なかったから負けたのだ。守備に絶対の自信を持ちカウンター攻撃を得意とするクラブが、パスの選択肢を失い、川崎の守備に屈したのだ。扇原の持ち味は、中村と小林によって巧みに潰された。家長のファールによるダメージも大きかった。マルティノスはドリブルで持たされて3人に囲まれた。川崎はボールを奪い取って攻撃するための守備が出来ているのがスタンドからでもわかった。準備をし、それを実行した。

一方のトリコロールは引いた。サイドで振り回されることの繰り返し。しかし、サイドから放り込む気などさらさらない川崎だ。ゴールライン付近にまで持ち込まれても中央でクロスを跳ね返せば良いなんて単純な考え方は当てはめられない。では、どうするつもりだったのか。無失点で凌ぎたい気持ちだけはわかった。凌いで、跳ね返して、どのように得点するのか。勝つための意図や準備が見えなかった。デゲネクが開いて、扇原が中央で作る。それを淡々とやろうとしてやらせてもらえなかった。ただ、引く守備以外に工夫は見えず、勝負は、立ち上がりの14分で決した。

「矛と盾の対決」なんて嘘だったのだ。すべての面で川崎に圧倒された。それが悲しい現実だ。

等々力から駅までの重たい足取り。気を抜けば、迷い魔界へ送り込まれてしまう武蔵小杉の道に油断は禁物だ。慎重に、夜道を歩く。会話をしても、トリコロールの良いところがなかなか見つからない。

「ウチの方が2週間の試合間隔があって、コンディション作りは出来たはずなのに。」
「喜田が消極的すぎた。中町の投入が遅すぎたよ。」
「この2週間で、川崎のことを研究して準備出来たはずなのに。」
「予選帰りのデゲネクを、なんで使ったかなー。」
「川崎は、ACLの初戦で浦和に大勝していなかったら、今日は、来週のミッドウィークの試合を意識した選手起用になったはずなのに。」
「全く気にする必要がないベストメンバーだもんな。」
「中村を下げないし。」
「ガスにも楽勝したし、余裕で臨んできた。」
「つまり・・・。」
「今日の完敗は浦和が悪い。」
「そうだよ、浦和が悪いんだ。」
「ふざけんな浦和。」

サポーターは現実からの逃避が可能だ。だが、現実は残酷なものだ。選手は、すぐに、この試合で明白になった課題を解決していかなければならない。これまでの歩みに疑問を挟む余地はない。だが、まだ、実力不足だ。残り試合で、何を伸ばせるのか。選手の心が試される。必要なのは意地よりも工夫する心。言い換えれば心意気だ。なぜなら、まだ、意地だけで栄光を阻む壁を越えられるほど強くはないから。欲しいのは無失点でも連続無敗でもない。勝ち点3だ。

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