天皇杯2階の目線2017横浜1-2セレッソ

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勝つためには90分間で決着をつける必要があった。勝負の分かれ目は、後半に伊藤翔が決定機にシュートをせず横パスをしたシーン。あのとき、セレッソ大阪の選手は、トリコロールが堅実なプレーを選択しチャレンジしてこないことに確信を持っただろう。一方で、トリコロールが1-0で勝利することは至難の技だった。だが、2点目を奪いに行くことができなかった。そこに限界を感じた。

延長戦の失点は実に飯倉らしい、飯倉の持ち味を存分に発揮したミスだった。あのミスさえなければ、あの場面で失点することはなかっただろう。ガラ空きのゴールであれば、小学生でも枠にさえボールを転がせば得点することはできる。とはいえ、あの場面で失点しなかったとしても、120分間を無失点で切り抜けることができたかというと、それは疑問だ。また、逆に得点できたかというと、それもわからない。ウーゴは走れず、ゴール前にボールを運ぶ意欲を示したのは、途中出場した前田と遠藤だけだった。それくらい選手の消耗が激しかった。

この負けが、重たい原因の一つは、強かったセレッソが万全ではなく7割程度のパフォーマンスに感じられるのにもかかわらず、トリコロールの選手たちが正面から撃ったシュートが僅かだったことにある。今シーズンの集大成にふさわしい結末だった。これが限界だったのだ。かつて、代表クラスの若い選手を揃え、1984年の元日に、名門ヤンマーを下して初タイトルを獲得したトリコロールは、その後10年間の天皇杯無敗。2年連続の三冠制覇。2年連続のアジア制覇、という黄金時代を築いた。残念ながら、新しいトリコロールは、その同じ階段を、今シーズンに登りきることはできなかった。来シーズンからの黄金時代再来の予感はない。志の道半ばで力尽きた。

天皇杯には「優勝しないと見えない元日の景色」があるといわれる。選手たちは、その景色を見ることができなかった。サポーターは、少し違った景色を見ることができた元日だったのではないだろうか。一年前は移籍をめぐる騒動に揺れていた。ビジネスを優位に進めたい多くの外部からは一方的な情報を数多く拡散された。サポーターの間でも意見の相違で軋轢はあった。対立も生まれた。春はギクシャクした季節。夏に方向性が定まり始め、秋は団結の季節。そして冬。ゴール裏のコアサポーターやコールリーダーがやりすぎないスタイルは、日産スタジアムに新しい風を吹き込みつつある。サポーターが個々に拍手や歓声で意図を示せる時間が増えていった。みなさんは、新春に一年間を振り返ってスタジアムで何を感じただろう。モンバエルツ監督の指揮した3年間に敬意を表す3種類のビッグジャージが揺れた。元日に各クラブが義務付けられたように行うコレオグラフィーはやらない。みんなでLフラッグをたくさん振ろう。誰かが決めたのではない、トリコロールのサポーターが、この一年間を歩み、学び、共有し、最後に選んだのが、この方法だったのだ。

マリーシアのメンバーは約40人が固まってゴール裏の上段で応援した。
「遠くからわざわざ元日に応援に来たなんてセレッソサポーターに言わせないぞ!」
優勝の後押しをするために、北海道、群馬県、栃木県、茨城県、新潟県、長野県、愛知県、兵庫県、島根県、長崎県、そしてベルギーからも仲間が駆けつけた。みんな同じ夢を見ている。これからも、同じ夢を見続ける。・・・だが、しばらくは、ぐっすりと夜に眠れる気がしない。それほどに悔しい。良い夢を見られるのはいつになるだろう。

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<様々な目線から捉えた試合>