Jリーグ2階の目線2018 横浜1-3磐田


磐田に退場者が出て10人になってからが問題だった。挑戦する気持ちを失った。すでに3失点をしており、これ以上の恥を掻くことはないはずだ。ただ、ゴールの強奪するために攻撃をすれば良いシチュエーションだったはずだ。だが、選手たちは、パスカットをされてカウンターから失点することを恐れた。同点に追いつくことよりも、失点しないことを選んだ。飯倉が接触プレーで万全ではないことが影響しただろう。だが、この状況で、挑戦することなく、パスを回すことに終始したことが、この試合の終盤を絶望に叩き落としていった。

両サイドは、足を止めて足元にパスを要求する。そうなれば、磐田のディフェンスラインの裏側にグラウンダーのスリーパスを送り出せる選択肢は、パスの出し手にはない。磐田のディフェンスラインが下がる前に、長い距離のスルーパスを送り込むシーンは数える程しかなく、コンビネーションで裏を突く仕掛けもない。外をパスは周り、そして時間を浪費した。

監督が、どのようなサッカーを目指しても、選手が勝つための、最低でも同点に追いつくための挑戦を放棄したら、プロフェッショナルな試合にはならない。

飯倉の状態が不安でボールを奪われたくなく、あのような腰抜サッカーになったのだろうから(そう信じるより他ない。それが理由でないとしたら、ただの腰抜選手たちだと考えざるを得なくなる。そうでは無いと信じる。)、とすれば、飯倉は、何のために、あの酷い状態を耐えてピッチに立ち続けたのか。フィールドプレーヤーが失点の不安を露わにするプレーを続けることが事前に予測できていれば、飯倉は無理をしてピッチに立ち続ける意味はなかった。むしろ、飯倉がベンチに下がり、誰かがゴールキーパーを務めてディフェンスラインの裏をスイーパーとして守ったほうが、まだ攻撃でチャレンジできたということになる。飯倉は同点に追いつくために、強い気持ちでピッチに立ち続けたのではなかったのか。本当に頑張った選手が報われないのは不幸だ。実に飯倉に失礼な腰抜サッカーだった。

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<様々な目線から捉えた試合>

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