1998年10月29日に横浜フリューゲルスと横浜マリノスの合併記者会見が行われ、そのシーズンの終了をもって横浜フリューゲルスは消滅した。今年は、あれから、ちょうど20年。当然のことながら、横浜フリューゲルスは、この世には無く、例えば、イタリアのフィオレンティーナのような復活もしていない。

人々は、フリューゲルス復活を夢見たサポーターの物語を記憶に残す。辻野臣保さんが代表発起人になり、立ち上げられた「横浜フリューゲルス再建協議会」は、全日空スポーツからフリューゲルスを譲り受け、Jリーグが理念に基づく、本当の意味の市民クラブを設立することを目的としたが、凄まじい内部抗争を経て、その夢は途中で霧散した。辻野臣保さんはサッカー界から去り、横浜マリノスサポーターを含む広い層から4,000万円以上を集めた「フリューゲルス再建基金」はチーム再建に使われることはなかった。横浜FCは紆余曲折を経て、現在は、給食サービスを主たる事業とする企業のクラブとなっている。

人々は忘れているが、横浜マリノスも、この年に大きな痛手を負った。合併を認める者と認めない者は対立した。認めないサポーターはクラブを去った。フリューゲルスから移籍してきたスタッフの中には、契約を巡って訴訟騒ぎまで起こすに至った者もいる。横浜マリノスはチーム名に「F」という古傷を残して、横浜F・マリノスとして、今もJ1を闘っている。

共に20年前を区切りとして同時にスタートを切った両クラブが、久々に対戦した。トリコロールは美しかった。ウーゴヴィエラが同点ゴールを決めた直後に、各所から沸き起こったウーゴヴィエラコールは、この20年間の応援の集大成と言って良いほどの旋律を奏でた。メインスタンドだけでも、何か所からもコールが沸き起こり、最終的にはゴール裏を中心に全方位一体。誰もが自然に美しさと力強さを表現する個の集合体が出来上がった。

横浜FCのサポーターは試合前の黙祷を無視して応援パフォーマンスを続けたいサポーターと黙祷すべきだというサポーターの間で意見が衝突した。この20年間は長かった。そして、誰が見ても明らかな大きな差がついた。象徴的な出来事だった。

試合については、延長戦の末、勝利した。

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<様々な目線から捉えた試合>