Jリーグ2階の目線2018 横浜0-1鹿島


肌に当たる風の冷たさを感じ、試合開始前に長袖を羽織る。2月に開幕したJリーグは、あっという間に終盤戦は突入していく。各クラブは、ワールドカップの中断期間を経て、戦術を熟成させ、補強戦力も加えて、戦い方をより研ぎ澄ませていく。サポーターは選手たちを信じ、そのプレーを後押ししていく・・・というのが普通のクラブの話だ。

トリコロールは、この夏、退化の一途をたどっている。選手たちを信じたいところだが、選手たちの何を信じればよいのかも分からなくなってきている。もちろん、選手たちは全力でプレーしている。手抜きの気配なんてどこにもない。そこに疑いの余地はない。だが、上手くいかないのだ。きっと理由がある。だから監督は手を打った。この鹿島戦の布陣は、とても解りにくい報じられ方をしたが、実は選手の動きを単純化する具体策だったように思える。鹿島神宮のある高台から駅に降りる坂道で試合の展望とシステムについて会話する。

「どんなやり方になるんだろうね。」
「そんなに難しいことではなくて、中央に人数をかけて守る。でも、攻めるときは両サイドが開いてよいよ、ということだと思うよ。」
「それならば、山中が攻守に、中に外に、頭を使って動く必要もなく、単純に攻めるときはやりたいように外に行けるのか、なるほど。」
「4バックのときも扇原が下がって3枚になってしまうことが多くて中が不足することがあるから、最終ラインを最初から3枚にしてわかりやすくしたのだと思うよ。」

試合が始まる。会話のとおり、最終ラインに3枚、山中と松原は両翼に開く。山田と天野がインサイドのポジションをとると、きれいに5レーンの布陣となる。これなら、ピッチ上の選手は悩むことなく単純にポジショナルなプレーを出来そうだ。

守備は安定してきた。ドゥシャンは力強く勝負する。チアゴは噂通りにスピードが速い。ラインの裏をとられても簡単に追いついてカバーできる。中盤で早めに囲い込む守備も、少しばかり復活した。監督の狙いは的中した。チームが退化を進める途中での収穫だ。

そこまでは守備の話だ。残念ながら攻撃には問題だらけだ。特にドゥシャンとチアゴには縦パスを入れようとする意図を感じるが、受けられる可能性がある動きをしているのは山田のみ(伊藤のマークがきついのは当然)。天野と大津は、そこにはいない。扇原が縦にパスを出したいシーンで前を向いても、受ける準備が出来ている選手が誰一人いないという場面も。それはそうだ、なにしろ、天野と大津は、そこに姿すらなかったのだ。布陣と矛盾する動きがありすぎる。結局のところ中央での縦パスが入らず、前半はサイドに逃げたサッカーとなり「中央からの攻撃5%」という前代未聞の数字が発表された。

選手は一所懸命にプレーしている。各自が工夫もしている。これは想像だが、それが裏目に出ていないか?
「扇原のところが詰まったら、天野は下がってサポートしてあげなさい。」
「大津は裏への抜け出しやサイドにも動いて伊藤翔へのマークを剥がしてあげなさい。」
監督のアドバイスを拡大解釈しすぎてはいないか?

天野は扇原の隣もしくは最終ラインの位置にまで下がって試合を組み立てることが多かった。右にいるときも左にいるときもある。まるで中村俊輔のようだ。大津は、どう考えてもパスがこないタイミングで裏に向けて何度もダッシュし、サイドでの数的優位も作った。自分なりに考えてのプレーだろう。だが、その結果、ドゥシャンとチアゴにはパスの選択肢がなくなった。

きちんと崩してチャンスを創ったのは数回。得点差は1であったが、見事な惨敗だった。選手を信じよう。ただし、それは選手の頑張りやクラブへの忠誠心に疑問を抱かないと言う意味だ。頑張っても、やり方に致命的な欠陥があれば、その頑張りは無になる。形無しのトリコロールは大海原でダッチロールを繰り返している。解決策に気づくのは選手か?監督か?それとも誰なのか?気づかずに時間だけが進んで行くことは、サポーターからの批判の対象となるだろう、たとえ選手を信じていても。

もうすぐ季節は秋。思い起こしてみれば、あの降格大ピンチのシーズンにブリット、ナザ、ドゥトラが助っ人として加わりJデビューしたのは2001年8月11日だった。あのとき、トリコロールは、すでに進むべき航路が見えていた。あなたには、航路は見えるか?灯台のあかりは見えるか?

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<様々な目線から捉えた試合>