チリチリ頭の実力派 ゴロシート


第9話 サパタとコンビで有名監督に

プレーしていた当時は、どれほど凄い選手なのかを実感できなかった。1996年シーズンに加入し、同じくアルゼンチン出身のストライカーであるアコスタへのパス供給役である程度の認識だった。元アルゼンチン代表選手とはいえ、その知名度は低く、実力派の地味な選手と位置付けられていた。

アルゼンチン代表で2000年代に活躍したパブロアイマールは、フジテレビの番組でのインタビューで憧れの選手にゴロシートの名前を挙げた。日本のサッカーファンは唖然とした。あのゴローシートなのか・・・。Jリーグでは6試合出場で3得点。相棒のアコスタを日本に残し、シーズン途中でアルゼンチンに戻っている。

優勝した1993年のコパアメリカを最後にアルゼンチン代表から遠ざかっていたゴロシートだが、1997年にワールドカップ・フランス大会予選のボリビア代表戦に召集。得点した。

引退後は監督としてアルヘンティノス・ジュニアーズ、リーベル・プレートといった強豪クラブを指揮。アルゼンチン代表監督候補としても、何度も名前が挙がっている。同じく横浜F・マリノスでプレーしたサパタはゴロシート監督のアシスタントコーチとして長くコンビを組んでいる。

日本では、地味な期待外れな選手であり、記憶にすら残らない存在となっているが、アルゼンチンでは、今でも有名監督の一人に数えられている。

上手かったけれど顔が地味。
アコスタが活躍しなかったこともあり
彼もまた、早野采配の犠牲者だったのかな。
石井和裕(談)