負傷王 ラフィーニャ

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第11話 健康第一

2014年7月に、横浜F・マリノスの得点力不足解消の切り札としてKリーグ・蔚山から加入。3試合連続ゴールで上々のスタートを切る。しかし、川崎フロンターレ戦で悪質なタックルを受けて負傷。さらに、樋口監督が目先の勝利欲しさに鹿島アントラーズ戦で起用。完治していなかった怪我を再び悪化させてしまう。

2015年シーズンも怪我で出遅れ、ここでも怪我をおして開幕直前の松本山雅とのプレシーズンマッチに出場。翌週の練習で負傷し、開幕戦に間に合わなくなってしまう。その後も怪我があり2015年シーズンはリーグ戦10試合の出場にとどまる。

2016年シーズンは「20得点宣言」をしたものの、練習試合で右膝前十字靱帯を損傷。早速1月31日に怪我がオフィシャルサイトに掲載され「まともに働いてた日ってあるの?」「通常運転」という声がサポーターから発せられた。3月には選手登録を抹消。11月に契約満了での退団が発表された。退団コメントでは「チームのために活躍をしたかったけれど、怪我でピッチを離れている時間がとても長く、あまり貢献できなかった」と、悔しさをにじませた。

監督の起用法に問題があったが、怪我があまりに多く戦力として計算できなかった。いずれのシーズンも初出場前はオーバーウェイトであったため、本人の不摂生も怪我に影響していると思われる。横浜F・マリノスの負傷王といえば、年間3回の肉離れ王である遠藤彰弘が有名だが、彼と並び立つ負傷王であった。

あの酷いタックルと
鹿島戦の起用がなければ
本当に救世主になっていたはず。
出場した試合は活躍していたんだよ。
石井和裕(談)