第12話 悪の旋律ローキック

横浜F・マリノスは2001年シーズン最終節にJ1残留を決定。課題だった得点力不足を解消するために大分トリニータからの期限付き移籍でウィルを獲得した。ウィルは、当時は弱小クラブだったコンサドーレ札幌に所属しながらも2001年シーズンに24得点で得点王に輝く。1999年シーズン、2000年シーズンも大分トリニータでゴールを量産しており、期待が大きかった。

ウィルは自己中心的な振る舞いが多く、乱暴を働くこともあった。大分トリニータ在籍時に、「俺王」というニックネームを「鳥日新聞」というサポーターサイトから命名されており、多くのサポーターは、獲得に際して、ある程度の悪行については覚悟をしていた。

2002年シーズンが開幕すると期待通りに得点を量産。一方で、得意のフリーキックのキッカーを中村俊輔と争い譲らず、ピッチ上で険悪なムードが漂うなど、危険とは紙一重。遂には、ナビスコカップのジェフ市原戦で2人の選手に裂傷を負わせる大暴れ。後日、ジェフ市原に謝罪訪問するが、サンダルばきでポケットに手を突っ込んだままの謝罪をし、関係者の怒りを増幅させる等、悪の道でも大活躍の兆しを見せていた。

季節が秋に入ると思ったプレーをすることが出来なくなり、ピッチ上で苛立ちを見せることが多くなる。あまりに不甲斐ないプレーを見せた三ツ沢球技場ではバックスタンド上段のサポーターからブーイングと激しい非難の野次を受けるが、最前列で「次は頑張れよ!」と声援を贈ったサポーターに勘違いして突進。チームメイトに制止される。

10月26日に国立競技場で開催されたジュビロ磐田戦で、ウィルは2枚目のイエローを受ける。なぜか味方の奥大介のところへ向かい、奥大介に強烈なローキックを食らわせた。この前代未聞の行為で6試合の出場停止処分を受け契約解除となる。

その後、2003年はコンサドーレ札幌でプレー(期限付き移籍)することになるが怪我が多く4試合出場4得点。怪我のリハビリ期間に深夜のススキノの飲食店でトラブルを起こし契約解除。大分トリニータに復帰するが大分トリニータを退団となった。

三ツ沢球技場バックスタンド上段から
激しくブーイングしたサポーターというのは
私たちです。ホント酷いプレーだった。
石井和裕(談)