Jリーグ2階の目線2019 横浜F・マリノス3-0FC東京

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We Are Marinos. We Are The Children.

まず初めに書いておきたい。東京の選手にとっては過酷な状況だった。彼らが4点差以上でトリコロールを下し優勝できる確率は極めて低かった。だから、彼らのスローガンは優勝を決意するスローガンではなく「最後の1秒まで」というスローガンを使い続けるしかなかったのだ。

緊迫感溢れる等々力での前節と比べると、笑顔溢れる最終節。雨の日産スタジアムに集まる仲間は余裕の表情だった。それもそのはず。いくらなんでも4点差で負ける確率は高くない。「いつも通り」やれば優勝できるのだ。2013年のホーム最終節とは違う、落ち着きすら感じられるスタジアムの雰囲気。
「やはり、あのときは浮かれていたんだ」
と当時を思い起こす。

試合開始。前半は、やや荒れた雰囲気となる。4分40秒台に仲川がタッチライン側で東京の選手に後ろから2回押されたがノーファールだったシーン。この判定基準が仇になって試合が荒れ気味になった。ビッグファイナルで「いつも通り」をやり通すのが難しいのは、選手だけではなく主審も同じだ。

「なんだよ、これ、中盤がスカスカじゃないか。」
東京は永井が勢いよく入り、前線は前からプレッシャーをかける姿勢だ。しかし、中盤の選手はサイドにスペースを開け、しかも最終ラインは4枚を揃えて前線とは連動しない。東京の選手たちは、コンパクトにやっているつもりだろうが、こちらとしては、川崎や松本といったシビアな守備を体験してきているだけに、いくつもの大きなスペースが見える。

「全力で前がかりに来ると思ったけれど、どうも違うね。」
「後ろはビビっているよ。」
「どんどん前に来て、こちらが裏をとって大量得点だと思っていたけれど、そうは行かなそうだな。」
「失うものは何もないとか嘘だろ。」
「でも、これで4点取れると思っているのかな、ガスは。」

東京陣内の中盤に生まれるスペースにパスを通す。時折、手を使った卑怯な反則ギリギリの接触でプレーを切られるが、苦しそうにしているのは東京の選手たち。無理をしているのだろう。そのスペースはトリコロール の歓喜の入り口に繋がっていた。今シーズンに加入したティーラトンが悪魔の左脚を振り抜き先制点。満員の日産スタジアムに大歓声がこだまする。
「決まった!!!!」
「ティーラトンだ!!!」
スタンドが揺れる。波打つ。早くも涙を流す仲間もいる。

1点が入ると東京の守備の圧力が明らかに下がる。気持ちよくボールが中盤で動く。
「パスが回り始めたわー。」
「もっと奪いに来いよ。」
そう言っている間に、夏の移籍で獲得したエリキにボールが渡り2点が入る。

「エリキ先輩!!!!!」
「うおーーーーーーー!!」
「すげー!!スゲーの決めた!」

遠くの席だったはずの仲間が隣にいた。抱き合った。倒れ込む人もいる。満員のスタンドは総立ちに。誰だよ「エリキって微妙だよね」なんて、加入直後に言った奴は。

ハーフタイム。MINMIのWINNER。いつもより激しく踊る。もう、このリーグのWINNERは決まっている。

「もうさあ、後半は何も起らないんだから、前半でやめていいんじゃないの。ガスは何もできないじゃん。」
この試合の決着がどこでついたかといえば、このチームのやり方の完成度を一気に高めた7月6日第18節の大分戦、そして6月29日第17節のアウェイ東京戦となるだろう。東京は4得点でトリコロール に圧勝した。しかし2失点したことを、今になって悔やんでもらうしかない。得失点差が開き迎えた最終節で、東京の選手たちは「いつも通り」のプレーをすることが許されなかった。この試合だけを見た観客には何もできない荒いチームに見えたかもしれない。でも、無理もない。この試合、そして、このリーグの決着は、既に着いていたのだ。よほどのことがない限り、最後の1秒に、何か起きることはない。

ところが、予想しなかった事件が起きる。パギの退場。ただ、経験というものは恐ろしい。

「あー退場!」
「えーーーーーーーーー!?」
「ドグソか。」
「仕方ない。」
「またか!」
「2003年も榎本哲也が退場して優勝したぞ。」
「あの退場と比べれば、まだ普通の反則での退場だ。」
「まぁ、今回は大丈夫だろう。」
「中林は大丈夫だろう。」
「2004年も中西が退場したけれど優勝したしな。」

慌てるムードが全く起こらない。それどころが、逆の意味での怒りまで沸き起こる。フリーキックを外すと東京の選手が走って2人でボールをゴールエリアにセットしたのだ。その直後の競り合いも(またしても手を使ってだが)激しくアタックしてくる。さっきまでのゆるゆるのムードが嘘のように東京の選手は躍動している。
「子供か!」
「急に元気になるってことは、さっきまでは諦めていた証拠だろ!!」

夏の緊急補強で獲得したが出番の来なかった中林が、ここで緊急出場。中林は素晴らしいプレーを連発。特に、キャッチしてすぐに前に走り逆襲の起点を探し出すプレーは「いつも通り」のトリコロール だった。そして、仕上げは遠藤だった。大歓声が遠藤を迎え入れる。今シーズン後半にトリコロールが躍進した象徴的な選手、中林と同様に下部組織出身の選手。そんな遠藤には無関心の如く、最終ラインを崩してまで得点を狙いにくる東京。そして、なぜか高萩が爆笑を呼ぶ安易なオフサイド。そこで生まれた隙を突いた遠藤のドリブルが始まる。

「行け!!!」
「自分で決めろ!」
「撃て遠藤!」
「そっちか!?」

試合前に無知な大口を叩いた渡辺を翻弄して左脚のシュートをファーサイドに撃ち込んでゴール。
「うぉおーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
「遠藤が決めた!!!!」
「この試合で遠藤が決めるのか!!!!!」

数的有利を後ろ盾にした東京の選手たちの強がりも、ここで終わった。怖かった失点を10人の相手にもしてしまい、もう、前に来ることが出来なくなった。リーグタイトルは1年間の積み重ねの結果で得られる。急に、いつもと違うことをやって優勝できるほど安いものではない。
「出てこいよ東京。」
「出てこられないのか?」
「出てこないなら、こっちが4点目獲っちゃえよ!」
「4点獲らないと優勝できないって言っていただろ!4点目を獲ろうぜ!」

エリキが放ったシュートはギリギリのところで止められてしまうが、ここから先はお祭りだ。夏の移籍で獲得した渡辺が中盤をしっかりと絞める。抵抗する東京の選手たちをチアゴが翻弄する。チアゴの見せ場が繰り返され歓声が上がる。全く危なげなく、長い、試合結果を一切左右しないアディショナルタイムを浪費してホイッスル。遂に15年ぶりにリーグ王者に返り咲く。古豪が名門に復活した。現体制でタイトルを獲得するまで5年の年月を要した。

「強くなったなぁ。」

実感のこもった言葉が出る。思えば、今シーズンは途中で代表クラスの三好、天野を失った。エジカル・ジュニオも怪我で長期離脱した。今日のピッチ上には開幕前に獲得したティーラトン、マルコス・ジュニオール、パギがいた。シーズン途中で獲得した和田、マテウス、渡辺、エリキ、中林がいた。ベンチの伊藤はアウェイの神戸戦で神がかった活躍をした。畠中とチアゴは、今シーズンからの起用を見据えて昨シーズンの途中で獲得した選手だ。こんな優勝が、かつてあっただろうか。CFGのネットワークと分析力がJリーグの闘い方を変えた。こんなクラブは、過去26年間のJリーグの歴史において存在しない。偽サイドバックに象徴される新しい戦術や爆発的な得点力だけではない。かつての名門と呼ばれたトリコロールは終わった。新たに、Jリーグのトレンドを転換させる革命的なクラブが歴史上に誕生したのだ。トリコロール はリーグ優勝という実績によって歴史に、しっかりと名を刻むことになる。

クラブのあるべき姿は、トップチームだけではなく全てに浸透している。この試合の前に行われた知的障害者サッカークラブ横浜 F・マリノス フトゥーロの試合を見て驚いた。得点パターンや中盤のパスコースの選択はトップチームのそれと似通っていた。

優勝を決め、監督インタビューの間、東京サポーターはユール・ネヴァー・ウォーク・アローン(You’ll Never Walk Alone) を歌上げ、リーグタイトルへの再挑戦を誓った。一方、優勝が決まるとき日産スタジアムに響き渡っていたのは、歓声でも悲鳴でもなく東京コールでもなくWe are Marinosだった。連覇を成し遂げる1992年シーズンのアジアの闘いの最中に歌われ始めたチャントだ。私たちは、ここにたくさんの仲間がいることは当たり前の歌を歌い続けてきた。そしてCFGが関わることで世界中に仲間がさらに増えた。環境は大きく変化した。いや、進化した。もはやトリコロール は「君は一人じゃない」と言った小さなセンチメンタルな世界を生きていない。今日から、トリコロールは日本のスポーツ界に胸を張って宣言しても良いだろう。世界のCFGのノウハウとネットワークが日本のスポーツを変える。横浜F・マリノス・・・We Are The Worldであると。

早朝の雪、雨は、試合が始まると上がった。

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<様々な目線から捉えた試合>