Jリーグ2階の目線2023 横浜F・マリノス2-1鹿島アントラーズ 31年目の「The CLASSIC」進むべき道の違い

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大荒れの試合だった。

プロレスの世界では「優れた悪役が試合を創る」といわれている。ゴールデン・グローブ賞を受賞した映画『レスラー』では、人気プロレスラーだったミッキー・トーク演じるランディが脚光を浴びるように悪事を働きながらリングで戦う悪役レスラーが登場する。映画『パラサイト』の主演で知られるソン・ガンホが熱演した映画は『反則王』。銀行員のプロレスファンが、悪役レスラー「ウルトラ・タイガーマスク」となり人気レスラーの凱旋試合に起用されることになる物語だった。日本のプロレス史を振り返れば、数々の名レスラーの名が挙がるが、その中には数々の悪役レスラーが含まれる。

横浜F・マリノスを愛するサポーターはオリジナル10として唯一30年間を共に歩んだ仲間として鹿島アントラーズ名場面を振り返ることができる存在だ。もちろん、その記憶には栄光の歴史といえる20個のタイトル獲得シーンも含まれるが、こうしたシーンを欠かすことができない。

●ジーコが対戦相手の蹴ろうとしたPKのボールに唾をかける。
●アルシンドが三ツ沢球技場で山田主審を突き飛ばし転倒させる。
●チャンピオンシップで鈴木隆行が国立競技場で小村徳男を肘打ちで倒し得点する。
●チャンピオンシップでの敗戦に怒った鹿島アントラーズサポーターが表彰式の準備をしていたピッチに乱入しメチャクチャにする。
●鹿島アントラーズサポーターが大旗の竿を使用してピッチ上の選手に危害を加えたが、鹿島アントラーズ社長の大東さん(当時の社長)は「犯人は思った以上に好青年に見えました」と擁護。

31年目の鹿島戦も美しいサッカーではなかったが、試合中と試合後の高揚感は、まさに鹿島戦でしか味わえない唯一無二。エキサイティングな鹿島戦が帰ってきた。岩政大樹監督は就任時に「伝統ある『これまでの鹿島』を正しく定義する」と宣言した。その作業は着々と進んでいるように見える。それを尊重したいし歓迎もしたい。

この試合の得点差は1だが、実力差は歴然としていたように感じる。しかし、試合後のアウェイスタンドからのブーイングは目立たず、鹿島アントラーズのファン・サポーターには一定の満足があったものと思われる。日本は広い。価値観は多様だ。あの試合の中でのオラオラとしたパフォーマンスが多くの支持を得られる鹿島のような場所もあれば、あれを断じて許さない人が大半の横浜もある。それぞれの地域風土によると思う。

鈴木優磨が渡辺皓太に突っかかって行った際、長時間の抗議を続けた岩政監督。勝つためには勢いを維持して畳み掛け得点を奪いに行くべきだったはずが、彼は審判に反抗する態度をスタンドと選手に示すことを選んだ。そのおかげで、横浜F・マリノスには、前がかりとなる鹿島の布陣に対応した守備の確認をする時間ができた。そして、本来ならワンプレー後にしかできないはずだった選手交代まですることができて、すっかり試合を立て直すことに成功した。こうした岩政監督のアシストにはいくら感謝しても感謝が時間が足りないのだが、彼は、この試合の目先の勝ち点よりも「鹿島を取り戻す」ことを優先したかったのだろう。

それにしても不思議な試合だった。鈴木優磨は、あの後、悪質な反則を繰り返したので2枚目のイエローカードをもらって退場すべきだった。だが、主審の谷本涼さんはイエローカードを出さなかった。普通は、このような展開になると、イエローカードを出してもらえず不利な状況となったチームの選手がエキサイトして悪質な反則を犯してしまい試合がますます荒れていくのだが、この試合は逆で、なぜか、イエローカードを見逃してもらった側がエキサイトして、さらにイエローカードを立て続けにもらい退場者を出すという流れ。つまりは、このリーグ戦で目指しているものの違いが如実に現れたのではないだろうか。

横浜F・マリノスは連覇を目指し、フットボールの大海原にトリコロールのフラッグを掲げてているが、鹿島アントラーズは「鹿島を取り戻す」ことを目指している。鹿島アントラーズはサポーターの支持を得られる大荒れの試合を披露することに成功し、横浜F・マリノスは勝ち点3を手にした。双方にとって実りある結果となった。